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平氏の全盛期を築いた平清盛

今日2月4日は、平安時代末期の武将で「平氏にあらざれば人にあらず」といわれる時代を築いた平清盛(たいらの きよもり)が、1181年に亡くなった日です。清盛の最期は「平家物語」でも優れた記述として有名なところ、熱病に侵された清盛は、比叡山の井戸の水で満たされた桶の中に身を沈めると、たちまち水が沸きあがり、身体に水をかけると炎となって燃え上がったと綴られています。

平氏の統率者忠盛の嫡子として1118年に生まれ、1153年忠盛の死後に、京都の平氏一門の統率者になりました。1156年の「保元の乱」(崇徳上皇と後白河天皇が対立して、上皇側に天皇側が奇襲をしかけた事件)で、源義朝らとともに後白河天皇の信頼を得ると、続く1159年の「平治の乱」では源義朝ら有力武士が滅亡したため、清盛は武士の第一人者として朝廷の軍事力・警察力を手に入れました。これにより、清盛は武家政権の基礎を築く勝利者となり、1167年には武士では初めて太政大臣に任ぜられました。

さらに、次女の徳子を高倉天皇の中宮として朝廷入りさせました。やがて平氏の権勢に反発した後白河法皇と対立、1173年には法皇を幽閉しました。そして、徳子の産んだ安徳天皇のうしろだてとなって政治の実権を握り、全盛時代を築いたのでした。当時の平氏の荘園(私有地)は全国500か所にものぼり、日本60余国のうち、半分を治めるほどでした。

しかし、平氏の独裁は貴族・寺社・武士などから大きな反発を受け、源氏による平氏打倒の兵が挙がりました。亡くなる1年前の1180年には「富士川の合戦」がおこり、源頼朝率いる源氏および関東の荒武者たちとの戦いに敗れてしまいました。

なお、平清盛の詳しい生涯につきましては、いずみ書房のホームページ・オンラインブック(「せかい伝記図書館」を公開中) の 「平清盛」 を、ぜひご覧ください。約100名の伝記の一人として紹介しています。

「2月4日にあった主なできごと」

1703年 赤穂浪士の切腹…前年末、「忠臣蔵」として有名な赤穂浪士46名が、吉良義央(よしなか)邸に討ち入り、主君浅野長矩(ながのり)のあだ討ちをしたことに対し、江戸幕府は大石良雄(内蔵助)ら赤穂浪士46名に切腹を命じました。

1945年 ヤルタ会談…第2次世界大戦の終わり近く、ソ連のクリミヤ半島にあるヤルタに、ルーズベルト、チャーチル、スターリン米英ソ3国首脳が集まり、ヤルタ会議が始まりました。数日の会談の結果、「国際連合」の設立と組織や運営の大筋を決め、ドイツ降伏後にドイツを米英仏ソ4国の分割管理が合意されました。さらに、ソ連はアメリカからの要請により、ドイツ降伏の3か月後に日本との戦争に加わることを約束しました。

投稿日:2009年02月04日(水) 09:08

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)