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科学的社会主義の創始者・エンゲルス

今日8月5日は、マルクスとともに「共産党宣言」「資本論」などを著したエンゲルスが、1895年に亡くなった日です。

カール・マルクス(1818-1883)も、フリードリヒ・エンゲルス(1820-1895)も、美しいライン川の流れるドイツのライン州で生まれました。マルクスは、大学で法律や哲学や歴史を学びました。エンゲルスは、16歳で学校をやめ、自分の力で、哲学や政治学の勉強をつづけていました。そのふたりが、初めて固く手をにぎりあったのは、1844年のことです。

「労働者がしあわせになれる社会主義の社会をうちたてるためには、金持ちの資本家が会社や工場をにぎり、労働者はその資本家に使われるだけの社会のしくみを、改めなければだめだ」

ふたりは、すべての人間が平等に暮らすことのできる社会主義についての考えが、まったく同じだったのです。マルクスは26歳、エンゲルスは24歳でした。

労働者たちが人間平等の社会をきずこうとする、共産主義者の集まりに加わっていたふたりは、共産主義の正しい考えをひろめるために、1848年『共産党宣言』を書きあげました。ところが「万国の労働者よ、団結せよ」とうったえた宣言は資本家たちをおこらせ、ふたりは、どこの国へ行っても追われるようになってしまいました。

ふたりはイギリスへ渡り、マルクスは、資本家と労働者の差別のない社会をつくるための経済学の研究を始めました。いっぽうエンゲルスは、会社ではたらいて、マルクスに生活費を送りつづけながら、研究に協力しました。

マルクスは、それからおよそ10年、雨の日も風の日も大英博物館にかよいつづけて、研究に研究をかさねました。しかし生活は苦しく、食べるのにもことかき、ついに、3人の子どもを次つぎと失ってしまいました。

41歳のときマルクスは、研究の成果を『経済学批判』という本にまとめて発表しました。そして、さらに8年ごに、『資本論』第1巻をまとめて出版しました。でも、はげしい研究と貧しさのためにからだをいため、1883年2巻目の『資本論』を書きかけたまま、64歳の生涯を終わりました。

残された『資本論』は、そののちりっぱに出版されました。

「死んだ友人のためにしてやれることは、これしかない」

エンゲルスが、マルクスの遺志をひきつぎ、10年の歳月をかけて完成させたのです。

エンゲルスは、『資本論』をまとめたつぎの年にガンでたおれました。『資本論』1-3巻はこうして世に残り、社会・共産主義国家の建設に、大きな影響をあたえました。

なおこの文は、いずみ書房「せかい伝記図書館」(オンラインブックで「伝記」を公開中) 10巻「リンカーン・ダーウィン・リビングストン」の後半に収録されている7編の「小伝」のうち「マルクスとエンゲルス」から引用しました。近日中に、300余名の「小伝」を公開する予定です。ご期待ください。

投稿日:2008年08月05日(火) 09:09

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)