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耽美主義の谷崎潤一郎

今日7月30日は、明治・大正・昭和期の小説家で、「春琴抄」 「細雪(ささめゆき)」 「痴人の愛」 「鍵」 など、耽美(たんび)主義という文学の確立をめざした谷崎潤一郎が、1965年に亡くなった日です。耽美主義というのは、19世紀後半、フランスやイギリスを中心におこった文芸思潮で、ボードレール、ワイルド、ゴーチエらがその代表。生活を芸術化して、官能の享楽を求めました。

盲目の春琴と、春琴に永遠の愛をささげるために自分も自らの手で目を刺しつぶして生きる佐助の、清らかな愛をえがいた『春琴抄』。落ちぶれた商家で、鶴子、幸子、雪子、妙子の4人姉妹がわびしくても平凡に生きていこうとするすがたを、まるで絵巻物のようにえがきあげた『細雪』。

谷崎潤一郎は、このような美の世界の名作を、明治、大正、昭和の半世紀にわたって書きつづけた作家です。

1886年東京に生まれ、幼いころの潤一郎は、町でもひょうばんの美しい母に、やさしく育てられました。いつも甘やかされ、小学校へあがったときも、ばあやがついてこないと学校へもいけないほどでした。ところが、父の仕事が、しだいにうまくいかなくなり、東京府立第一中学校へ入学してからは、家庭教師として他人の家へ住みこまなければ、学校へ通えないほどになってしまいました。
 
19歳で第一高等学校へ、22歳で東京帝国大学へ進みました。中学生時代から文章を書き始めていましたが、「作家になろう」 と決心したのは、高等学校3年生のころでした。大学へ入って3年めに、劇作家の小山内薫らと文芸雑誌『新思潮』(第2次)をだし『刺青』『麒麟』などの短編小説を発表しました。そして、1年ごには、流行作家の永井荷風の目にとまってほめられ、25歳の潤一郎はまたたくまに、新進作家として注目されるようになりました。しかし、このときすでに大学は、授業料が払えずに退学になっていました。

荷風にみとめられたことは幸いでした。でも、それは偶然ではなく、潤一郎が、たとえ人間の性をえがいても、それを美の世界へ高めることのできる力を、もっていたからです。やがて発表した『痴人の愛』も、ふしだらな性の世界をえがいたものでしたが、ひとつの美を見つめたものとして、たいへんな人気をよびました。

1923年、関東大震災が起こると関西へ引っ越しました。このころから『盲目物語』『蘆刈』『春琴抄』など、日本の古い文学の伝統をとり入れた作品をおおく書くようになり、50歳をすぎると『源氏物語』を現代語に書きなおす大事業を完成して、その功績と文章の美しさがたたえられました。

『細雪』を発表したのは、このあとのことです。『細雪』がでると、作家潤一郎に、いくつもの文化賞といっしょに文化勲章がおくられました。

潤一郎は、そのごも『鍵』『瘋癲(ふうてん)老人日記』などの独特の名作を書き残し、1965年に亡くなりました。79歳でした。

なおこの文は、いずみ書房「せかい伝記図書館」(オンラインブックで「伝記」を公開中) 35巻「与謝野晶子・石川啄木」 の後半に収録されている14名の「小伝」から引用しました。近日中に、300余名の「小伝」を公開する予定です。ご期待ください。

投稿日:2008年07月30日(水) 09:35

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)