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遣隋使の小野妹子

今日7月3日は、聖徳太子の命により、小野妹子(おのの いもこ) が607年、中国(当時の隋)につかわされた日と伝えられています。

聖徳太子は、用明天皇の第二皇子で、推古天皇(叔母)の摂政として、内外の政治を立派に整えた飛鳥時代の政治家です。隋は、すぐれた先進国として知られ、そのため太子は大陸のすすんだ技術や学問、仏教などを日本にとり入れようと考えました。小野妹子を隋につかわしたのは、そんな目的からでした。

ところが、妹子が持参した国書を見て、隋の煬帝(ようだい)は真っ赤になっておこりました。「日の昇る国の天子が、日の沈む国の天子に手紙をさしあげます」 とあったからです。小国のくせに対等のように書いてあること、日本が日の昇る国で、隋が日の沈む国というのは何事かと思ったからにちがいありません。しかし、当時の隋は、朝鮮半島の高句麗との戦争で苦戦を強いられていたこともあって、日本と手を結んだほうがよいと考えたのでしょう。やがて態度を改め、両国の国交は開かれ、妹子は斐世清(はいせいせい)ら12人を連れて日本へ帰りました。

帰国後、妹子は流刑にされそうになりました。隋の国書を、朝鮮の百済の役人にとられてしまったと報告したからです。でも、それは事実でなく、国書の文面に、隋が日本を家来扱いしているため、天皇にさしだす勇気がなかったからだといわれています。こういう事実を見抜いた太子は、妹子をかばって流刑の罪から救いました。

やがて、妹子や斐世清らから、隋についてのさまざまな話を聞いた太子は、想像以上の進んだ文化にびっくりしました。そこで、隋の使者たちが帰国する際、ふたたび妹子を遣隋使としてつかわしただけでなく、8人を隋に留学させました。

こうして、小野妹子や留学生たちの力で、聖徳太子への仏教の師となる僧を連れてきたり、紙や墨、彩色などを伝える技術者、芸術家もつぎつぎに渡ってきて、中国の高い文化、政治のしくみなどを日本へもたらしたのです。

なお、聖徳太子の生涯につきましては、いずみ書房のホームページ・オンラインブック(「せかい伝記図書館」を公開中) の 「聖徳太子」 を、ぜひご覧ください。約100名の伝記の一人として紹介しています。

投稿日:2008年07月03日(木) 09:19

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)