児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ Top >  今日はこんな日 >  近代中国の父・孫文

近代中国の父・孫文

今日3月12日は、「三民主義」 を唱え、国民党を組織して中国革命を主導、「国父」 と呼ばれている孫文(そんぶん)が、1925年に亡くなった日です。

中国の革命に一生をささげた孫文は、1866年、広東省香山県(いまの中山県)の農家に生まれました。

12歳のとき、兄のいるハワイへ渡って教育を受け、外国の進んだ文化に目をみはりました。やがて帰国して医学を学び、27歳の年に、医者としてはたらき始めました。

このころ満州民族の清朝に支配されていた中国には、正しい法律もなく、人びとは、権力をふりまわす王朝に、いつもおさえつけられていました。ところが、そんな清朝も、外国に対する力は弱く、1894年に起こった日清戦争では、日本に負けてしまいました。

「このままだと、中国人はみじめになるばかりだ。早く清朝をたおして、新しい中国をつくり、政治を変えなければだめだ」

孫文は、同じ考えの人びとと手を結んで立ちあがりました。しかし1895年、広州で革命ののろしをあげようとしたとき、ひそかに進めていた計画がばれてしまいました。

故国をのがれ、いくつもの国ぐにを渡った孫文は、おおぜいの外国人や、外国にいる中国人によびかけて、革命を成功させるために協力を頼みました。1905年には、東京に中国革命同盟会をつくり、革命の旗じるしとして、民族・民権・民生の三民主義を高くかかげました。

「中国内のすべての民族は平等でなければならない。国の政治に対する国民の権利は平等でなければならない。国民ひとりひとりの生活の豊かさは平等でなければならない。」

国民みんなの力で、国民みんながしあわせになれる中国を建設しようという孫文の考えは、しだいに実を結び始めました。やがて、同盟会の人びとは次つぎに中国へ帰り、大陸の各地で、国の権力をうちやぶる戦いを始めました。1912年、ついに清朝を倒し、中華民国をうちたてました。これは辛亥(しんがい)革命とよばれています。そして、臨時の大総統にえらばれたのが、16年ぶりに祖国へ帰った孫文でした。
 
しかし、新しい中国の建設は、ほんとうに成功したわけではありませんでした。まもなく、孫文にかわって軍人の袁世凱(えんせいがい)が大総統になると、むかしの権力国家へもどり始めたのです。

孫文は、中国国民党をつくって、またもや立ちあがりました。しかし、1925年、国民会議を開こうという計画をいだいたままガンにたおれ、58歳の生涯を閉じてしまいました。孫文は、新しい中国を見ることはできませんでしたが、その第一歩をふみだしたことで、いまも革命の父としてたたえられています。

なおこの文は、いずみ書房「せかい伝記図書館」(オンラインブックで「伝記」を公開中)14巻「エジソン・ゴッホ・シートン」の後半に収録されている7名の「小伝」から引用しました。近日中に、300余名の「小伝」を公開する予定です。ご期待ください。

投稿日:2008年03月12日(水) 09:40

 <  前の記事 おりこうジョン  |  トップページ  |  次の記事 進化論のはじまり  > 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://mt.izumishobo.co.jp/mt-tb.cgi/1243

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

         

2014年08月

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

月別アーカイブ

 

Mobile

児童英語・図書出版社 社長のこだわりプログmobile ver. http://mt.izumishobo.co.jp/plugins/Mobile/mtm.cgi?b=6

プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)