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三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎

今日2月7日は、明治の初期に海運業をおこし、船の運送にともない海上保険、造船、鉱山、製鉄、銀行、製紙など、さまざまな産業に進出し、三井財閥と並んで近代日本の産業界に勢力をほこった三菱財閥の基礎をつくった実業家 岩崎弥太郎(いわさき やたろう)が、1885年に51歳で亡くなった日です。

1834年、土佐国(高知県)に生まれた弥太郎は、下級武士の父と教育熱心な母に育てられました。負けずぎらいなうえに、わんぱくながき大将でしたが、10歳ころから、しだいに学問に熱中するようになりました。21歳のとき、江戸に出て幕府の塾に学び、土佐に帰ってから藩の実力者である吉田東洋の弟子になりました。東洋から学んだことは、もっと外国と貿易をおこない、産業をさかんにすることの重要性でした。

1867年、弥太郎は藩が軍備の充実をはかるためにつくった開成館の役人にとりたてられ、長崎出張所に勤務しました。時代は、江戸から明治へと移り変わる混乱のときでした。貿易の大切さを身をもって知るようになった弥太郎は、開成館大阪出張所(大阪商会)へ転勤後、経営をまかされるようになりました。

やがて大阪商会は、九十九商会となり、1873年には弥太郎個人の経営する三菱商会として、海運界にのり出しました。そして翌年、三菱商会は、政府の台湾出兵に協力して、武器と兵士の輸送を一手に引きうけました。そして、大久保利通や大隈重信らに信頼され、政府の汽船13隻を無料で払い下げてもらいました。こうして発展の基礎がためをして、三菱商会は、1875年、郵便汽船三菱会社と改称しました。

横浜・上海間航路で、アメリカの船会社と運賃引下げ競争に勝って、その会社を買収したり、イギリスの汽船会社を日本の沿海から締め出して、日本の沿岸航路を独占していきました。

さらに、1877年の西南戦争の時も、政府軍の輸送に協力した三菱会社は莫大な利益をあげ、日本の汽船の約8割を占めるほど巨大な会社になりました。そのご、保険業をはじめ、さまざまな産業に手を広げていったのです。

「だれの人生にも幸運はある。しかし、それをつかまえるためには、いつもこころざしを立てていなければだめだ」

幸運を努力と執念でつかまえた弥太郎でしたが、晩年は心おだやかなものではありませんでした。1881年、三菱と関係の深かった大隈重信が政府を追われると、政府は三井などに三菱に対抗する共同運輸会社をおこさせて、猛烈な競争をさせたからです。しかし、弥太郎の死後弟の弥之助は一歩もしりぞかず、この競争にうちかち、兄の遺志をうけつぎました。

なおこの文は、いずみ書房「せかい伝記図書館」(オンラインブックで「伝記」を公開中)31巻「福沢諭吉・坂本龍馬・板垣退助」の後半に収録されている7名の「小伝」から引用しました。近日中に、300余名の「小伝」を公開する予定です。ご期待ください。

投稿日:2008年02月07日(木) 10:00

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)