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2018年版 5月17日はこんな日


● 今日(5月17日)の主なできごと

1641年 オランダ人を出島に移住させる……出島は、江戸幕府の鎖国政策の一環として長崎に築造された人工島で、平戸にあったオランダ商館とオランダ人をここに移し、1641年から1859年まで、ヨーロッパとの唯一の窓口となった。

1890年 府県制の公布……現在の都道府県のもととなる府県制が公布され、地方自治のもとができあがった。しかし当時は、府県の知事は政府によって決められており、公選となったのは1947年に「地方自治法」ができてから。

1985年 男女雇用機会均等法……この日の衆院本会議で成立した法律で、職場における男女の差別を禁止し、募集・採用・昇給・昇進・教育訓練・定年・退職・解雇などの面で男女とも平等に扱うことを定めた。翌年4月に施行され、4年制大卒女子の採用が大きく伸びた。その後、1997年に一部改正され、女性保護のために設けられていた時間外や休日労働、深夜業務などの規制を撤廃し、セクシャル・ハラスメント防止のため、事業主に対して雇用上の管理を義務づけている。


● 今日の主な記念日・恒例日

世界電気通信および情報社会の日……1865年のこの日に国際電気通信連合(ITU)の前身である万国電信連合が発足したことを記念したもので、1973年に「世界電気通信の日」として制定。さらに2005年の世界情報通信サミットで、この日を「世界情報社会の日」とすることが決まり、翌2006年、2つの国際デーをあわせ、「世界電気通信および情報社会の日」とすることになった。

生命・きずなの日……17日は十(とお)七(なな)で「ドナー」の語呂合せから、自分の体内臓器を病気の人に提供したドナーの家族で作る「日本ドナー家族クラブ」が、生命の大切さや生命の絆を考えるために2002年に制定。


● 今日生まれた人

1749年 ジェンナー……イギリスの医学者。牛痘接種法を開発した近代免疫学の父。

1865年 村上鬼城……明治・大正・昭和期の俳人。

1866年 サティ……フランスの作曲家。代表作『官僚的なソナチネ』『犬のためのぶよぶよとした前奏曲』など。「音楽界の異端児」

1888年 安井曽太郎……大正・昭和期の洋画家。代表作『婦人像』『金蓉』など。

1909年 横山隆一……昭和・平成期の漫画家。代表作『フクちゃん』『デンスケ』『おんぶおばけ』など。


● 今日亡くなった人

1510年 ボッティチェリ……イタリア・ルネサンス期の画家。代表作『春』『ビーナスの誕生』など。

1838年 タレーラン……フランスの外交官・政治家。

1935年 デュカス……フランスの作曲家・教師・評論家。代表作『魔法使いの弟子』など。

2001年 團伊玖磨……昭和・平成期の作曲家・エッセイスト。代表作 歌曲『花の街』オペラ『夕鶴』エッセイ『パイプのけむり』など。

2010年 吉岡治……昭和・平成期の作詞家。代表作『天城越え』『さざんかの宿』『越前岬』『真赤な太陽』『大阪しぐれ』など。


● 過去のマイブログ「5月17日」のテーマ

2013年 「現代の一茶」 村上鬼城
俳句雑誌『ホトトギス』の代表俳人として活躍した村上鬼城(むらかみ きじょう)が、1865年に生まれた日です。鳥取藩士の子として江戸屋敷に生まれた村上鬼城(本名・小原荘太郎)は、8歳のとき群馬県高崎市へ移り住み、11歳の時に母方の村上家の養子となって村上姓を名乗りました。1884年、上京して軍人を志しましたが耳の疾患のために断念し、明治法律学校(現・明治大学)で法学を学びながら、司法代書人(今の司法書士)となり……。

2012年  音楽界の異端児サティ
ドビュッシーやラベルらに大きな影響を与えたフランスの作曲家サティが、1866年に生まれた日です。エリック・サティは、パリ音楽院で学びましたが、生活が苦しいために中退すると、世紀末のパリの芸術家が集まるカフェー酒場「黒猫」でピアニストとして働きながら、コクトーやピカソらと交流し、当時としては革新的な曲を次々と発表しました……。

2011年 「ウィーン会議」とタレーラン
フランス革命期からナポレオンによる第一帝政期の政治家として、ナポレオンの失脚後の「ウィーン会議」では、敗戦国が戦勝国に要求をのませた外交家として評価されているタレーランが、1838年に亡くなった日です。1754年、名門貴族の長男として生まれたタレーランは片足に障害があったため後を継げず、神学校に学んで聖職者となりました。1779年に司祭となりますが、若さと才智にめぐまれ……。

2010年  ゾルゲ事件と尾崎秀実
ソ連のスパイ組織が、日本国内でスパイ行為をしていたという「ゾルゲ事件」が公表され、1942年に大きく新聞報道された日です。5人のスパイのうちの一人が尾崎秀実(ほつみ)でした。尾崎は、近衛文麿内閣のブレーンとして政界に大きな影響を与えていた評論家で、軍部とも通じ、日中戦争を推進した元朝日新聞記者でもありました……。
投稿日:2018年05月17日(木) 05:29

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)