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2017年版 5月28日はこんな日


● 今日(5月28日)の主なできごと

1634年 出島の建設開始……キリスト教の信者が増えることを恐れた江戸幕府は、ポルトガル人をまとめて住まわせるため、長崎港の一部を埋めたてた出島の建設をこの日に開始、2年後に完成させた。1639年にポルトガル人の来航を禁止してから無人になったが、1641年幕府はオランダ商館を平戸から出島に移転させ、オランダ人だけがこの島に住むことが許された。鎖国中は、オランダ船が入港できた出島がヨーロッパとの唯一の窓口となった。

1871年 パリ・コミューン崩壊……普仏戦争の敗戦後、パリに労働者の代表たちによる「社会・人民共和国」いわゆるパリ・コミューンが組織されたが、この日政府軍の反撃にあい、わずか72日間でつぶれてしまった。しかし、民衆が蜂起して誕生した革命政府であること、世界初の労働者階級の自治による民主国家で、短期間のうちに実行に移された革新的な政策(教会と国家の政教分離、無償の義務教育、女性参政権など)は、その後の世界に多くの影響をあたえている。


● 今日の主な記念日・恒例日

花火の日……江戸時代・中期1733年のこの日、隅田川で水神祭りの川開きが行われ、日本初の花火大会が開かれたことにちなむ記念日。1948年、戦後初の花火が解禁された8月1日も「花火の日」となっている。

ゴルフ記念日……1927年のこの日、第1回全日本オープンゴルフ選手権大会が横浜の保土ヶ谷ゴルフ場で開催されたことにちなみ、スポーツ用品メーカーが1994年に制定。


● 今日生まれた人

1119年 崇徳天皇……第75代天皇。後白河天皇と争い「保元の乱」に敗れて讚岐(さぬき)に流刑された。

1738年 ギヨタン……フランスの解剖学者・政治家。処刑道具「ギロチン」を提案。この装置で処刑されたというのは別人。

1889年 山本宣治……明治・大正・昭和期の政治家・生物学者・社会運動家。産児制限運動、治安維持法改悪反対運動など。

1905年 阿部定……昭和期の芸妓。「阿部定事件」犯人。1974年以降消息不明。


● 今日亡くなった人

880年 在原業平……平安時代初期の貴族・歌人。六歌仙・三十六歌仙の一人。代表作『伊勢物語』。代表歌「ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くゝるとは」など。

1193年 曽我十郎……平安後期から鎌倉時代前期の武士。曽我兄弟の兄で、工藤祐経を仇討した後に討たれた。

1843年 ノア・ウェブスター……アメリカの言語学者・辞典編集者。『アメリカ英語辞典』などを著す。「アメリカの学問・教育の父」

1953年 堀辰雄……昭和期の小説家・随筆家。代表作『風立ちぬ』『菜穂子』(小説)『大和路・信濃路』(随筆)など。

1984年 森戸辰男……大正・昭和期の経済学者・思想家・教育者・政治家。「教育界の大御所」といわれる。


● 過去のマイブログ「5月28日」のテーマ

2015年ブログ  「行動する学者」 森戸辰男
大正時代に危険な思想家として東大助教授を辞めさせられ、戦後は2期にわたり文部大臣をつとめ、広島大学学長、中教審会長として活躍した経済学者の森戸辰男(もりと たつお)が、1984年に亡くなった日です。1888年、今の広島県福山市に旧福山藩士の子として生まれた森戸辰男は、福山中学、第一高校を経て、1914年、東京帝国大学経済学科を卒業しました。森戸は、社会問題を……。
 
2014年 「辞書」 のウェブスター
『アメリカ版英語辞書』をはじめ『スペリング』などの教科書を著し、「アメリカの学問・教育の父」といわれるウェブスターが、1843年に亡くなった日です。1758年、アメリカ建国13州のひとつコネティカット州ハートフォードの農園に生まれたノア・ウェブスターは、読書の好きな子どもで、独立戦争のさなかにエール大学に通学を始めるものの順調に授業が進まなかったため、独立戦争に参戦……。

2013年 「昭和文学の新風」 堀辰雄
『風立ちぬ』『菜穂子』など詩情あふれる小説や『大和路・信濃路』に代表される名随筆を残した堀辰雄(ほり たつお)が、1953年に亡くなった日です。1904年、東京麹町に生まれた堀辰雄は、旧制第一高校時代から文学活動をはじめ、芥川龍之介と知り合って教えを受けました。東京帝国大学国文科に入学してからは、詩や小説を同人誌に発表するようになり……。

2012年 『伊勢物語』 と在原業平
平安時代初期の貴族で、名作『伊勢物語』のモデルとされている歌人の在原業平(ありわらの なりひら)が、880年に亡くなった日です。825年、平城天皇の第1皇子・阿保親王を父に、桓武天皇の皇女を母に生まれた業平は、政治的には晩年の879年に右近衛(うこんえ)中将となって蔵人頭を任じられ、在中将・在五中将と呼ばれるほどになりました……。

2010年  曽我兄弟の仇討ち
曾我十郎と曾我五郎の兄弟が父親の仇である工藤祐経(すけつね)を討った事件が、1193年におきた日です。源頼朝が、鎌倉幕府を開いた翌年のこの日、富士のすそ野で大がかりな狩りを開催しました。狩場を四方から取り巻き、動物を追いつめて捕らえる「巻狩り」という狩猟で、鎌倉幕府のためにてがらのあった工藤祐経も参加していました。夜更けになって、雷鳴をともなう豪雨に……。

2009年  血圧ってなーに?
血液が身体を循環するのは、心臓が「ポンプ」の役割をして血液を送りだし、血管がホースの役割をして身体じゅうをまわるからです。その働きは、肺からとった酸素と腸からとった栄養物を、身体のいろいろな組織に運んで、組織から二酸化炭素や老廃物を運びだすためです。心臓は大きく4つの部屋にわかれていて、左側は、肺から酸素を運んできたきれいな血液を、上の左心房が受け取り、下の左心室に送り……。

2008年  [おもしろ民話集 43] 北風にもらったテーブルかけ
むかし、お母さんと二人でくらしているハンスという少年がいました。お母さんに頼まれて、納屋から小麦粉を持って階段をおりてくると、ピューッと北風が吹いてきて、粉を吹きとばしてしまいました。しかたなく、ハンスはもう一度納屋へもどって粉を持ってきましたが、階段のところへくると、またもや北風が粉を……。
投稿日:2017年05月28日(日) 05:07

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)