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「セツルメントの先駆」 ジェーン・アダムズ

今日5月21日は、「ハルハウス」を設立して世界最大規模のセツルメントに発展させ、生涯を貧しい人たちに捧げたアメリカの女性社会事業家ジェーン・アダムズが、1935年に亡くなった日です。

1860年、イリノイ州シダービルに豊かな事業家の子として生まれたジェーン・アダムズは、幼いころに母親を亡くし、病弱だったことから家族の愛情を一身に集め、心優しい少女に成長しました。ロックフォード女学院を首席で卒業後、フィラデルフィア女子医科大学に入って医師をめざすものの、脊髄の病気が悪化したため勉学を中断、2年後の1883年に療養をかねて、家族でヨーロッパ旅行をしたとき、ロンドンの貧民街イーストエンドで、目をそむけたくなるほどの貧しい人々に出会いました。

イーストエンドには、オックスフォード大学教授のトインビーが提唱し、「セツルメント」というボランティアの学生らが活動する福祉施設があることを知ったジェーンは、帰国後に再びロンドンを訪れ、サミュエル・バーネットにより1884年に設立された「トインビーホール」を実地見学して感動、生涯を貧しい人たちのために捧げる決意を固めました。

1889年、ジェーンは親友のエレン・スターと共同で、シカゴの貧民街にあった古い別荘を提供してもらうと、世界最大規模の地域福祉センター「ハルハウス」を設立しました。ジェーンとエレンとその仲間たちはここに住みつきました。ここは、働く母親たちのために子どもを預かって世話する保育所、料理や裁縫などを教える学校、運動場、集会所であり、音楽・演劇・絵画などの芸術活動などを通じて地域住民の生活や文化の中心となっていきました。

やがて、彼女たちの活動や考えに共感した多くの人たちが活動に参加したり、多くの寄付金も集まってセツルメント運動は全国規模の拡がりをみせるようになりました。ジェーンは1911年、アメリカセツルメント・隣保事業センター連盟を創設して、その会長に就任しました。婦人参政運動でも強力なリーダーシップを発揮し、1919年には平和と国際女性同盟の会長に選ばれています。当時のハルハウスは、週に2千人もの人を世話し、成人のための夜間学校、幼稚園、少年少女のためのクラブ活動、慈善食堂、画廊、喫茶部、体育館、プール、製本所、音楽教室、図書館などを備えた大規模な活動だったといわれています。1923年には来日し、賀川豊彦ら社会事業家らとも交流しています。

そして1931年、そんな長年の功績が認められ、ノーベル平和賞を受賞。その後も74歳で生涯を閉じるまで、45年間もフル・ハウスに住みこんで、貧しい人たちへ奉仕し続けたのでした。


「5月21日にあった主なできごと」

1575年 長篠の戦い…甲斐の武田勝頼と、織田信長・徳川家康軍との間で、三河の長篠城をめぐる戦いがありました。この「長篠の戦い」で武田軍は、信長・家康の連合軍に完膚なきまでにやられてしまい、多くの勇将を失いました。

1927年 大西洋無着陸横断飛行…アメリカの飛行家リンドバーグは、前日ニューヨークを飛び立ち、この日の夜パリに到着しました。所要時間33時間30分、世界初の大西洋無着陸単独飛行でした。リンドバーグは、1931年には北太平洋を横断して日本にも到達し、大歓迎を受けました。

1928年 野口英世死去…世界的な細菌学者として活躍した野口英世がアフリカで黄熱病の研究中に発病して亡くなりました。
投稿日:2015年05月21日(木) 05:36

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)