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「進歩的文化人」 阿部知二

今日4月23日は、昭和初期には知識人の心をとらえた長編小説『冬の宿』『幸福』『風雪』などを著し、戦後は進歩的文化人として行動した作家・翻訳家・英文学者・評論家の阿部知二(あべ ともじ)が、1973年に亡くなった日です。

1903年、今の岡山県美作市に中学教師の子に生まれた阿部知二は、文学好きだった兄の影響を受け、旧姫路中学、旧八高時代にはトルストイやチェーホフらの文学作品に親しみました。東京帝国大学英文学科に入学すると、はじめての小説を文芸部の雑誌に発表したのを皮切りに、数々の同人雑誌に短編小説を発表します。

卒業後も小説に取り組み、1930年雑誌「新潮」に、国際色豊かな短編『日独対抗競技』を発表したところ、注目をあびて作家デビューを果たすと、同年に、20世紀西欧文学を概観する評論集『主知的文学論』を刊行し、昭和の新しい文学の担い手として広く知られるようになりました。そして1936年、代表作となる長編小説『冬の宿』を発表。軍国主義が忍びよる暗い時代を背景に、社会や人生に悩みをかかえた大学生を主人公にした作品は、当時の学生や知識人たちに高い支持を受けました。

その後『幸福』『北京』『街』『風雪』など、長編をつぎつぎと発表した他、『白鯨』(メルビル作)など外国小説の翻訳、明治大学教授として英文学を講じた内容を評論にするなど、昭和10年代を代表する文学者として活躍しました。

戦後は「新日本文学会」に所属し、思想とその方法が注目される小説『黒い影』『日月(じつげつ)の窓』などを発表したほか、1954年に女子寄宿舎を描いた長編『人工庭園』は、木下恵介監督の「女の園」の原作として映画化され、キネマ旬報ベストワンとなっています。シャーロック・ホームズシリーズの訳者としても知られるいっぽう、社会に対する関心を深め、1952年には1230人が逮捕された「メーデー事件」の特別弁護人になったり、ベトナム反戦運動に加わるなど、平和を求める実践行動をする進歩的文化人としても活躍しました。


「4月23日にあった主なできごと」

1616年 シェークスピア死去…『ハムレット』『ロミオとジュリエット』『べニスの商人』などイギリスのエリザベス朝時代の演劇を代表する劇作家シェークスピアが亡くなりました。

1863年 寺田屋騒動…薩摩藩主の父で事実上の指導者島津久光の公武合体論に不満を持った薩摩藩の過激派、有馬新七ら6名は伏見の船宿寺田屋に集まり、幕府の要人の襲撃を謀議中、久光の命を受けた藩士らに殺されました。この事件によって朝廷の久光に対する信望は大いに高まり、久光は公武合体政策を実現させるために江戸へ向かいました。

1949年  1ドル360円…GHQはこの日、日本円とアメリカドルの交換レートを1ドル360円と定めました。このレートは1971年まで22年間にわたって維持されました。ちなみに、明治初期の1ドルは、1円と定められていました。
投稿日:2015年04月23日(木) 05:46

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)