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「戦中・戦後児童文学」 と石井桃子

今日4月2日は、児童文学作家・翻訳家・編集者として児童文学の普及に大きな貢献をした石井桃子(いしい ももこ)が、2008年に亡くなった日です。

1907年、今のさいたま市浦和区に金物店を営む旧家の8人兄弟の7番目に生まれた石井桃子は、県立浦和高等女学校(現・県立浦和第1女子高)を経て1924年に日本女子大学校(現・日本女子大)英文科に入学すると、在学中から菊池寛のもとで外国雑誌や原書を読んでまとめるアルバイトをしました。1928年に卒業後は、菊池が社長をする文芸春秋社に勤め、永井龍男のもとで『婦人サロン』などを編集するかたわら、『クマのプーさん』など、英米の児童文学の翻訳をはじめました。

1934年、山本有三に請われて新潮社に移り、山本や吉野源三郎らと「日本少国民文庫」の編集にあたり、1938年には児童図書館・白林少年館を開設し、英国児童文学などの翻訳書を刊行しました。しかし、戦況悪化のために事業を停止すると、友人と共に現・宮城県栗原市に移り住みながら、開墾・農業・酪農を始め、敗戦後も続けました。

やがて、岩波書店で『世界』の編集長となった吉野から「もう一度子どもの本の編集を」という再三にわたる誘いに上京を決意、1950年に岩波書店に入社して、「岩波少年文庫」「岩波子どもの本」などのシリーズを創刊します。1951年には自らの創作による『ノンちゃん雲に乗る』はベストセラーとなり、第1回芸術選奨文部大臣賞を受け、鰐淵晴子主演で映画化されました。

1957年、家庭文庫を始めていた村岡花子らと「家庭文庫研究会」を結成すると、翌1958年に、荻窪の自宅の一室を使って児童図書室「かつら文庫」を開き、その活動を記録した『子どもの図書館』(1965年)は、草の根文庫活動の指導書となり、公共図書館における児童文庫の普及に大きな影響を与えました。

代表作は上記の他に、たくましく生きるネコの物語『山のトムさん』、国際アンデルセン賞を受賞した『三月ひなの月』、自伝的長篇小説『幻の朱い実』など。翻訳書では『クマのプーさん』『ピーターラビット』『ミッフィー(うさこちゃん)』シリーズをはじめ、『100まんびきのねこ』『たのしい川べ』『ねずみ女房』『ゆかいなホーマーくん』など200点もあり、大半がロングセラーを続け、その生涯が日本児童文学史の本流といえそうです。


「4月2日にあった主なできごと」

1805年 アンデルセンの誕生…『マッチ売りの少女』『みにくいアヒルの子』『人魚姫』など、たくさんの創作童話を著し、「童話の王様」といわれるデンマークのアンデルセンが生まれました。

1944年 バチェラー死去…アイヌ研究に生涯をかけ「アイヌの父」といわれたイギリス人宣教師のバチェラーが亡くなりました。

1956年 高村光太郎死去…彫刻家、画家、評論家であり、詩集『智恵子抄』などを著した高村光太郎が亡くなりました。
投稿日:2015年04月02日(木) 05:18

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)