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最新記事【2015年03月30日】

今日3月30日は、『海神丸』『真知子』『迷路』『秀吉と利休』などを著し、最長期間にわたる文学活動をした作家として知られる野上弥生子(のがみ やえこ)が、1985年に亡くなった日です。

1885年、大分県臼杵市の造り酒屋の子に生まれた弥生子(本名・小手川やゑ)は、16歳の時に上京し、明治女学校を卒業後、同郷で英文学者の野上豊一郎と結婚、3児の母となりました。夫の師だった夏目漱石の指導を受け、1907年に雑誌「ホトトギス」に『縁』を掲載し、写生文作家としてデビューをはたしました。やがて子育てをしながら、母性賛歌のユニークな文学を築きはじめ、1916年に処女創作集『新しき命』を発表するいっぽう、アルプスの少女ハイジとして知られる『ハイヂ』を翻訳しています。

1922年に発表した短編『海神丸』は、船長と3人の船員(おいの三吉・八蔵・五郎助)をのせた船が嵐にあって漂流、飢えの苦しさから、食肉のために八蔵は五郎助をそそのかして三吉を殺すという内容です。極限状態におかれた人間の欲望・策略・絶望を冷めた眼でみつめ、昭和初期の思想問題に取り組んだ長編『真知子』とともに、初期の代表作といわれています。

日本が戦争へ傾斜していく時期には、時流を批判した『黒い行列』を著しますが、1956年に、当時は書けなかった事柄を大幅に加筆した長編『迷路』は、市民文学の代表作として高い評価を得ました。1964年に78歳で完成させた長編歴史小説『秀吉と利休』も評価の高い作品で、秀吉の誤解から死を命ぜられた利休の、自由人としての誇りをあざやかに描き出したことで、女流文学賞を受賞しています。

1971年、86歳で文化勲章を受け、翌1972年からは長編自伝『森』の執筆にとりかかり、1980年に完成させています。弥生子は亡くなるまでの1世紀にわたる生涯、最も長く文学活動を持続し、女流作家にはめずらしい客観性と知的教養あふれた人道主義作家として、今も知られています。

また弥生子は、1950年に夫亡き後は、北軽井沢に春から秋にかけて過ごしていました。最近、やはり北軽井沢に隠とん生活を送っていた哲学者田辺元と恋愛関係にあったことが判明し、その往復書簡が『田辺元・野上弥生子往復書簡』として刊行されています。なお、京大教授でイタリア文学者の野上素一は長男、東大教授で物理学者の野上茂吉郎は次男です。


「3月30日にあった主なできごと」

1746年 ゴヤ誕生…『裸のマハ』『着衣のマハ』などを描き、ベラスケスと並びスペイン最大の画家のひとりといわれるゴヤが誕生しました。

1853年 ゴッホ誕生…明るく力強い『ひまわり』など、わずか10年の間に850点以上の油絵の佳作を描いた後期印象派の代表的画家ゴッホが生まれました。

1867年 アメリカがアラスカを購入…デンマーク生まれでロシア帝国の探検家であるベーリングは、ユーラシア大陸とアメリカ大陸が陸続きではないことを18世紀半ばに確認して以来、ロシアは毛皮の貿易に力をそそぎ、1821年に領有を宣言していました。その後財政難に陥ったロシアは、この日アメリカに720万ドルで売り渡す条約に調印しました。1959年、アラスカはアメリカ合衆国の49番目の州になりました。

1987年 ゴッホ『ひまわり』落札…在命中には、わずか1枚しか売れなかったゴッホの作品でしたが、この日に行なわれたロンドンのオークションで『ひまわり』(7点あるうちの1点)が史上最高価格53億円で落札されました。落札したのは旧安田火災海上保険でした。
投稿日:2015年03月30日(月) 05:16

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)