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2018年版 6月6日はこんな日


● 今日(6月6日)の主なできごと

1281年 弘安の役……モンゴル(中国・元)の皇帝フビライの軍は、文永の役から7年後のこの日、再び大軍を率いて北九州の志賀島に上陸。苦戦していた日本軍だったが、折からの暴風雨により元軍は総崩れとなって7月初めに退散した。日本を救ったこの暴風雨は「神風」といわれるが、鎌倉幕府は手柄のあった者に恩賞を与えることができず、衰退を速めることになった。

1944年 ノルマンディ上陸作戦……第2次世界大戦中のこの日、ドイツが占領していた北フランスの海岸ノルマンディに、17万6千人の連合国軍が上陸に成功、これがきっかけになってフランス各地のドイツ軍を打ち破り、8月25日パリ解放に成功した。

1965年 日本サッカーリーグ……実業団8チームにより日本サッカーリーグが発足。日本アマチュアスポーツ初の全国リーグで、発足当時は、ヤンマーディーゼル(今のセレッソ大阪)、東洋工業(今のサンフレッチェ広島)が中心的存在だった。


● 今日の主な記念日・恒例日

楽器の日/おけいこの日……昔から、芸事は6歳の6月6日から始めると上達するといわれていることから、全国楽器協会が1970年に制定。同様の理由から、「いけばなの日」「邦楽の日」にも制定されている。

その他の記念日……飲み水の日・コックさんの日・かえるの日・ロールケーキの日・恐怖の日・ヨーヨーの日・補聴器の日・ワイパーの日など。


● 今日生まれた人

1599年 ベラスケス……スペインの画家。代表作『裸のマヤ』『鏡のビーナス』など。スペイン絵画の黄金時代を築いた巨匠。

1850年 ブラウン……ドイツの物理学者。ブラウン管を発明。

1870年 巖谷小波……明治・大正期の小説家。児童文学者。

1875年 トーマス・マン……ドイツの小説家・評論家。代表作『ブッデンブローク家の人々』『魔の山』『ヴェニスに死す』など。

1885年 川端龍子……大正・昭和期の日本画家。『潮騒』『鳴門』など、けたはずれの大画面に特徴。

1901年 スカルノ……インドネシア初代大統領。「建国の父」

1903年 ハチャトリアン……ソ連の作曲家。代表作『剣の舞』など。

1912年 新田次郎……昭和期の小説家。代表作『強力伝』『八甲田山死の彷徨』など。

1922年 ドナルド・キーン……アメリカの日本文学研究者。


● 今日亡くなった人

1832年 ベンサム……イギリスの法学者・倫理学者・経済学者。「最大多数の最大幸福」という功利主義の創始者。

1916年 袁世凱……中国の軍閥。中華民国大総統。

1948年 ルイ・リュミエール……フランスの映画機械シネマトグラフ発明者。リュミエール兄弟の弟。

1961年 ユング……スイスの心理学者・精神分析学者。

2013年 なだいなだ……昭和・平成期の精神科医・小説家・エッセイスト・評論家。代表作『娘の学校』など。


● 過去のマイブログ「6月6日」のテーマ

2014年 「映画の父」 リュミエール兄弟
映画の撮影機と映写機を兼ねた「シネマトグラフ」を開発し、世界初の実写映画を公開したフランスの発明家で製作者・リュミエール兄弟の弟ルイが、1948年に亡くなった日です。1864年、フランス東部のブザンソンに写真館の子として生まれたルイ・リュミエールは、1881年に父の仕事を手伝いはじめ、やがて感光剤やガラス乾板の研究・改良を行うようになりました……。

2013年  [おもしろ民話集 87] 鳥のみじいさん
むかし、あるところに、やさしいおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは働き者で、きょうも朝早くからくわをかついで、山の畑をたがやしておりました。すると、一羽の小鳥がやってきて、くわの柄にとまって、「あやチュウチュウ、こやチュウチュウ、にしきサラサラ、ごようの宝、もってまいろか、パラリンピー」と、鳴きだしました……。

2012年  分析心理学のユング
スイスの精神科医・心理学者で、深層心理について研究し、分析心理学の理論を創始したユングが、1961年に亡くなった日です。1875年、ツールガウ州ボーデン湖畔ケスウィルのプロテスタント牧師の家に生まれたカール・グスタフ・ユングは、少年の頃から自己の内面に深い注意を向けるようになるうち、形式的な信仰に疑問を感じるようになりました……。

2011年 『剣の舞』 のハチャトリアン
プロコフィエフ、ショスタコビッチと並び、ソ連における作曲家3大巨匠の一人として活躍したハチャトリアンが、1903年に生まれた日です。現・グルジア共和国の首都トリビシに、アルメニア人製本工の家に生まれたアラム・ハチャトリアンは、コーカサスやアルメニア地方に古くから伝わる民族的色彩の強い音楽に親しみながら育ちました。1921年に音楽家を志してモスクワに向かう途中の演奏会で、音楽の能力が認められ……。

2007年  しつけ糸は子ども自身にとらせる
「ちゃんとしつけたはずなのに」 「しつけだけはきびしくしたつもりなのに」……わが子が思いがけないことをしでかしてしまった親の口から、よくこんな言葉を聞かされます。しかし、よく聞いてみると、しつけのはきちがえが少なくないようです。しつけという言葉は 「着物を縫うとき縫い目がくるわないように、仮に、糸であらく縫っておく」 という 「しつけ」 から生まれたもの……。
投稿日:2018年06月06日(水) 05:15

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)