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最新記事【2018年07月09日】


● 今日(7月9日)の主なできごと

1854年 日章旗を船印に決定……徳川幕府は、「日の丸」を日本船の印と決定した。やがてこれが慣習化されるようになり、正式に国旗となったのは1999年「国旗国歌法」の公布以降。


● 今日の主な記念日・恒例日

ジェットコースターの日……1955年のこの日、開園した後楽園ゆうえんち(今の東京ドームシティアトラクションズ)に日本初の本格的なジェットコースターが設置されたことにちなむ記念日。


● 今日生まれた人

1843年 ゴルジ……イタリアの内科医・科学者。「ゴルジ染色」考案。

1856年 テスラ……クロアチア出身アメリカの電気工学者・発明家。ラジオ・ラジコン・蛍光灯などの発明。エジソンのライバル。

1907年 清水幾太郎……昭和期の社会学者・思想家。代表著作『流言蜚語』『論文の書き方』『オーギュスト・コント――社会学とは何か』など。


● 今日亡くなった人

1530年 狩野正信……室町から戦国時代の日本画家。「狩野派」の始祖。

1856年 アボガドロ……イタリアの物理学者・化学者。「アボガドロの法則」(同圧力・同温度・同体積の全ての種類の気体には同じ数の分子が含まれる)発見。

1916年 上田敏……明治・大正期の英仏文学者・翻訳家・詩人。代表作『海潮音』など。

1922年 森鷗外……明治・大正期の小説家・軍医。代表作『舞姫』『山椒太夫』『雁』『高瀬舟』『渋江抽斎』など。

1937年 権藤成卿……明治・大正・昭和期の思想家・制度学者。「農本主義」提唱。

1996年 大塚久雄……昭和・平成期の経済史家。ウェーバーの社会学とマルクスの唯物史観を基に「大塚史学」構築。


● 過去のマイブログ「7月9日」のテーマ

2015年 「農本主義」 の権藤成卿
官治主義、資本主義、都会主義を批判し、農村を基盤とした「原始自治」を唱えた思想家・制度学者の権藤成卿(ごんどう せいきょう)が、1937年に亡くなった日です。1868年、元久留米藩医・国学者の長男として、今の福岡県久留米市に生まれた権藤成卿(本名・善太郎)は、1874年大阪にある商店の丁稚となって商売を学んで家にもどると、実家にあった漢籍のほとんどを……。

2014年 「ゴルジ体」 を発見したゴルジ
神経組織の染色法「ゴルジ染色」を考案したことにより、細胞内にある入り組んだ器官「ゴルジ体」を発見したイタリアの内科医で科学者のゴルジが、1843年に生まれた日です。イタリア北部のコルテノに医者の子として生まれたカミロ・ゴルジは、パビア大学で骨髄の特性を解明したことで知られるビッツォゼーロの研究室で医学を学び、1865年に卒業後は、同大学の一般病理学の……。

2013年 「おもしろ科学質問箱 21」 空気ってなぁに?
わたしたちが生きていくのに、なくてはならないのが空気です。でも、空気は見ることも、味わうことも、においをかぐこともできません。風は空気の流れですから、風がふいているときは、感じることができます。空気はちゃんとした物質なので、温度により、固体・液体・気体になります。地表で、水が氷点下で固体(氷)、0度〜100度で液体、100度以上で気体(水蒸気)になるように……。

2012年  死後認められたアボガドロ
「アボガドロの法則」で知られるイタリアの物理学者・化学者のアボガドロが、1856年に亡くなった日です。1776年イタリアのトリノに生まれた科学者として知られるアメデオ・アボガドロですが、初めは大学で法学を学び、博士号をとって弁護士となり、法律事務所を開いていました。ところが、1800年ごろから数学と物理学に興味を覚え、やがてその研究は化学にも……。

2010年 『海潮音』 の上田敏
ベルレーヌらヨーロッパの詩人29人の作品57編を収録した訳詩集『海潮音』を遺した英仏文学者・上田敏が、1916年に亡くなった日です。『海潮音』に収録された作品群の中でも、名訳として今も広く知られ、たくさんの人びとに愛唱されているのは、次の2編でしょう。山のあなた (詩 カール・ブッセ) 山のあなたの空遠く/「幸(さいわい)」住むと人のいふ……。

2009年 「気の毒」「手塩にかける」「きざ」「くしゃみ」
「気の毒」──もともとは、自分の心や気分にとって毒になること、気がもめたり気がかりになったりして腹立たしく思うこと、自分に苦痛があること……などを「気の毒」といったようです。このように、自分自身への言葉だったのが、たとえ他人の苦痛でも自分の心を痛めるということで、いつのまにか、他人への同情をあらわすものになりました……。

2008年  子どもといっしょにお買物
あるスーパーの店長さんから聞いた話です。その店に、4歳くらいの男の子の手をひいた、30歳くらいのお母さんがやってくるようになって、もう半年以上になる。子どもを連れてくる母親の半分以上は、子どもが品物にさわろうとすると 「さわってはいけません!」 としかるようにいう。どうかすると、子どもの手をピシャリとたたく。ところが、このお母さんには、そんなことが一度もない……。

2007年 明治・大正期の大文豪 森鷗外
明治・大正時代に活躍した文学者、森鷗外が1922年に亡くなった日です。姉の安寿と弟の厨子王の美しい愛情をえがいた『山椒太夫』。自殺をはかって死にきれずにいる弟を、自分の手で安楽死させてやった喜助の罪に問題をなげかけた『高瀬舟』。このような名作をおおく残した森鷗外は、明治時代の幕が開く5年まえに、石見国(島根県)の津和野で生まれました……。
投稿日:2018年07月09日(月) 05:12

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)