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2018年版 6月11日はこんな日


● 今日(6月11日)の主なできごと

1873年 わが国初の銀行……この日、「第一国立銀行(今のみずほ銀行)」が日本橋兜町に創立し、初代頭取に渋沢栄一が就任、立派な西洋建築は、東京の名所となった。その後国立銀行は、1879年までに全国各府県に153行が設立されていった。「国立」という名前がついていても、実際は民間の銀行で、「第○国立銀行」のような名で「ナンバー銀行」と呼ばれ、今も数字のついた銀行名があるのはその名残り。

1972年 田中角栄『日本列島改造論』発表……自民党総裁選挙を翌月に控えたこの日、佐藤内閣の田中角栄通産大臣が『日本列島改造論』を発表。太平洋岸に集中している工業地帯を日本全国の拠点都市に分散し、人口20万〜40万の中堅都市を育成して、これらの都市を新幹線と高速道路で結ぶというもの。20日には、同名の著書を刊行、「列島改造ブーム」を引きおこし、90万部のベストセラーとなった。


● 今日の主な記念日・恒例日

国立銀行設立の日……日本初の銀行、第一国立銀行が設立されたのにちなむ記念日。

雨漏りの点検の日……本格的な梅雨のシーズンの前に、建物の雨漏りを点検するため、全国雨漏検査協会が1997年に制定。

傘の日……雨のシーズンが到来することから、日本洋傘振興協議会が1989年に制定。


● 今日生まれた人

1864年 リヒャルト・シュトラウス……ドイツの作曲家。代表作『ばらの騎士』『ツァラトゥストラはかく語りき』『英雄の生涯』など。

1886年 岡本一平……大正・昭和期の漫画家。漫画に解説文を添えた「漫画漫文」という独自のスタイルを築く。小説家岡本かの子の夫、画家岡本太郎の父。

1894年 豊田喜一郎……大正・昭和期の実業家。「トヨタ自動車」創業。

1899年 川端康成……大正・昭和期の小説家。代表作『伊豆の踊り子』『雪国』『古都』 など。日本人初のノーベル文学賞。(6月14日が誕生日と晩年まで主張)


● 今日亡くなった人

1803年 中沢道二……江戸時代中・後期の石門心学者。

1859年 メッテルニヒ……オーストリアの政治家・外交官。オーストリア宰相となり、ナポレオン戦争後の「ウィーン体制」を支える。

1916年 ジーン・ウェブスター……手紙形式で書かれた名作『あしながおじさん』などを著した、アメリカの女流作家

1963年 長谷川伸……大正・昭和期の小説家・劇作家。代表作『関の弥太っぺ』『瞼の母』『一本刀土俵入』など。

1970年 ケレンスキー……ロシアの政治家。ロシア革命の指導者の1人で、「二月革命」臨時政府の首相。

1979年 ジョン・ウェイン……アメリカの俳優。出演代表作『駅馬車』『赤い河』『アラモ』『硫黄島の砂』『勇気ある追跡』など。


● 過去のマイブログ「6月11日」のテーマ

2015年  『道二翁道話』 の中沢道二
石田梅岩の創始した「石門心学」(心学)を、全国的に広めた中沢道二(なかざわ どうに)が、1803年に亡くなった日です。1725年、京都西陣の織屋に生まれた中沢道二は、亀屋久兵衛と称して家業を継いだのち、40歳ごろから手島堵庵に師事して「心学」を学びました。心学は、江戸時代中期の思想家石田梅岩(1685〜1744年)を開祖とする、実践的な教えに特色のある倫理学の一派で……。

2014年  レーニンと敵対したケレンスキー
ロシア革命の指導者の1人で、臨時政府首相を務めたロシアの政治家ケレンスキーが、1970年に亡くなった日です。1881年、ボルガ川中流域にあるシンビルスク(現・ウリヤノフスク)に、中学校長の子として生まれたアレクサンドル・ケレンスキーは、1904年にペテルブルク大学法学部を卒業後、弁護士となりました。主として政治犯の弁護に当たるうちに評判となり……。

2013年 「股旅物」 の長谷川伸
『沓掛時次郎』『瞼の母』『一本刀土俵入り』など、大衆作家・劇作家として活躍した長谷川伸(はせがわ しん)が、1963年に亡くなった日です。1884年、神奈川県横浜市に土木業者の子として生まれた長谷川伸(本名・伸二郎)でしたが、3歳のとき母親は父の放蕩がもとで家を出てしまいました。さらに家が破産したため、小学校を3年で中退して一家離散、土工や鳶人足、出前持ちなど……。

2012年 「ウィーン会議」 とメッテルニヒ
オーストリアの政治家・外交官で、ナポレオン失脚後の「ウィーン会議」を主宰し、オーストリア宰相となったメッテルニヒが、1859年に亡くなった日です。1773年にコブレンツ(現ドイツのボン北西にある都市)の名家に生まれたクレメンス・メッテルニヒは、16歳の時にフランスのストラスブール大学に入学して外交学などを学んでいるときにフランス革命が勃発、その革命思想に嫌悪して……。

2010年  現代漫画と岡本一平
大正から昭和の初期に活躍した漫画家 岡本一平が、1886年に生まれた日です。一平の妻は、歌人で小説家の岡本かの子、長男が著名な画家・彫刻家の岡本太郎です。1886年、北海道の函館に生まれた一平は、7歳の時に東京・京橋に移り住みました。祖父が漢学者、父は書家という血を受けた一平は、文学者をめざしましたが、父のすすめで日本画を習いました……。

2009年 『あしながおじさん』 のジーン・ウェブスター
手紙形式で書かれた名作『あしながおじさん』を著したアメリカの女流作家ジーン・ウェブスターが、1916年に亡くなった日です。ジーン・ウェブスターの本名はアリス・ウェブスターで、1876年にニューヨーク州のエリー湖に近いフレドニアに生まれました。父親は、マーク・トウェインの作品を刊行する出版社を経営していました。母親はトウェインのいとこにあたり……。

2008年  ノーベル賞作家・川端康成
「伊豆の踊り子」 「雪国」 など、生の悲しさや日本の美しさを香り高い文章で書きつづり、日本人初のノーベル文学賞を贈られた作家 川端康成が、1899年に生まれた日です。川端康成は、大阪市に生まれました。父は医師でしたが、康成が2歳のときに亡くなり、つづいて母も3歳のときに死に、幼くして孤児となりました。それからは祖父とふたりだけの生活でしたが……。

2007年  子どもの隠しだては親の対応のまずさが原因
小学校の2、3年生にもなると、かなりの割合の子どもが、失敗したことや叱られそうなことは、親に報告しないようになります。また、かりに報告しても、適当にうそをついて自分を守るようになります。たとえば、悪い点数のテストはかくして、よい点数のものだけを親に見せるというのが、その典型的な例です。さて、わが子の、このような行ないを発見した親の多くは 「なぜ、こんなことをするの……。
投稿日:2018年06月11日(月) 05:18

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)