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2018年版 3月10日はこんな日


● 今日(3月10日)の主なできごと

710年 奈良時代始まる……天智天皇(中大兄皇子) の4女である元明天皇が、藤原京から奈良の平城京に都を移し、奈良時代がはじまった。

1945年 東京大空襲……第2次世界大戦の末期、東京はアメリカ軍により100回以上もの空襲を受けたが、この日の前夜から深夜にかけての空襲はもっとも大規模なものだった。B-29爆撃機およそ300機が飛来して、超低空から木造家屋へ、大量の手榴弾、機銃掃射、焼夷弾を浴びせた。爆撃は2時間40分にもわたり、その夜の東京は、強い北西の季節風が吹いていたため、下町地区は火の海と化し、死亡・行方不明者は12万人、焼失家屋27万戸、東京市街地の3分の1以上が焼失するという、第2次世界大戦で最大級の被害だった。

1975年 東海道・山陽新幹線全線開通……山陽新幹線の岡山〜博多間が開通したことで、東京〜博多間が全線開通し、所要時間約7時間となる。その後、新幹線は高速化が進み、2007年には「のぞみ」が導入され、所要時間4時間50分となった。

1965年 富士山レーダー……気象庁が、富士山頂に気象レーダーを設置し、この日から観測を開始。世界でも最大級のレーダーで、台風や集中豪雨などの観測に威力を発揮した。(気象衛星により台風の接近を観測できるようになったことなどから、1999年に運用終了)


● 今日の主な記念日・恒例日

東京都平和の日……「東京大空襲」のあったこの日を、東京都が1990年に、「東京都平和の日条例」で制定。


● 今日生まれた人

1628年 マルピーギ……イタリアの生理学者。顕微解剖学を創始。

1844年 サラサーテ……スペインの作曲家。代表作『ツィゴイネルワイゼン』『カルメン幻想曲』など。

1848年 浅野総一郎(初代)……明治・大正期の実業家。浅野財閥創始者。

1866年 石井菊次郎……明治・大正・昭和期の外交官・外相。

1907年 石井桃子……昭和・平成期の児童文学作家・編集者・翻訳家。代表作『ノンちゃん雲に乗る』など。

1922年 山下清……昭和期のちぎり絵画家。「裸の大将」とよばれた放浪画家。

1928年 渥美清……昭和・平成期の俳優。代表作『男はつらいよ』シリーズ。

1934年 藤子不二雄A(我孫子素雄)……昭和・平成期の漫画家。藤本弘Bと組み、『ドラえもん』『忍者ハットリくん』『笑ウせぇるすまん』などをヒットさせる。

1938年 古今亭志ん朝(3代目)……昭和・平成期の落語家。


● 今日亡くなった人

1872年 マッツィーニ……イタリアの革命家。イタリア統一三傑の一人。

1930年 金子みすゞ……大正・昭和期の童謡詩人。

1934年 武藤山治……明治・大正・昭和期の実業家・政治家。 鐘淵紡績創業。時事新報社社長。

1951年 幣原喜重郎……大正・昭和期の政治家・外交官。第44代首相。

1953年 峠三吉……昭和期の詩人。代表作『原爆詩集』。

1997年 萬屋錦之介……昭和・平成期の俳優。初代中村錦之助。映画・テレビの時代劇俳優として活躍。


● 過去のマイブログ「3月10日」のテーマ

2015年  「イタリア統一」 に貢献したマッツィーニ
カブール、ガリバルディと並び「イタリア統一の三傑」の一人とされる社会運動家のマッツィーニが、1872年に亡くなった日です。1805年、イタリア北西部の港町ジェノバに、医者の子に生まれたジュゼッペ・マッツィーニは、子どものころは病弱でしたが聡明な青年に育ち、ジェノバ大学で法律を学び、卒業後に弁護士を開業しながら、評論活動をはじめ……。

2014年  『原爆詩集』 の峠三吉
原爆症に苦しみながら、原水爆反対運動に力をつくした詩人の峠三吉(とうげ さんきち)が、1953年に亡くなった日です。1917年、父の勤務地だった大阪豊中市に生まれた峠三吉は、生後まもなく父の故郷広島市に転居しました。幼いころから病弱でしたが、母の影響をうけて文学好きな少年時代をすごしました……。

2011年  「おもしろ古典落語」13回目  『ぞろぞろ』
昔、江戸・浅草の「うら田んぼ」のまん中に、「太郎稲荷」という小さな神社がありました。今ではすっかり荒れはてていて、その神社の前に、めったに客がこない茶店があります。老夫婦二人だけで細々とやっていますが、茶店だけでは食べていけないので、荒物や飴、駄菓子などを少しばかり置いて、かろうじて生計をたてています……。

2010年   奈良時代のはじまり
天智天皇(中大兄皇子) の4女である元明天皇が710年に、藤原京から奈良の平城京に都を移し、奈良時代がはじまった日です。奈良時代は、「あおによし奈良の都は咲く花の匂うがごとく今さかりなり」と歌われたように、794年に桓武天皇が京都の平安京に遷都するまで、たいへん栄えました……。

2009年   東京大空襲のあった日
第2次世界大戦の末期、東京はアメリカ軍により100回以上もの空襲を受けましたが、1945年の今日あった東京への空襲はもっとも大規模なものでした。大空襲は、1945年3月10日に日付が変わったばかりの深夜に開始されました。B-29爆撃機およそ300機が飛来して、深川地区へ爆弾を投下したのを手はじめに、城東地区、浅草地区、芝地区とつづき、民間の住民を猛火に閉じこめ、逃げまどう人々には超低空から、大量の手榴弾、機銃掃射、そして木造家屋へ焼夷弾を浴びせたのです……。

2008年  いつもと違う道を歩いてみる
子どもの手を引いて買い物に行く。こんな時、たいていは行きも帰りも同じ道です。子どもが違う道に行こうとすると 「そっちじゃない、こっちでしょ」 などと声をかけながら……。

2006年  美的感性を育てる
「日本読書クラブカタログ(本の価値と楽しみ)」の第4章「美術」の項を紹介してみよう。一般の人に美術全集をすすめると、「私には絵や彫刻などを鑑賞する力はありませんから、ネコに小判です」 というような返事をもらうことが、少なくありません……。
投稿日:2018年03月10日(土) 05:09

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)