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2016年版 7月21日はこんな日


● 今日(7月21日)の主なできごと

1588年 無敵艦隊敗北……イギリス本土をねらうスペインのフェリペ2世は、自慢の無敵艦隊(アルマダ)を率い、イギリス艦隊との海戦を開始した。しかし10日間ほどの交戦の末、機動力のある小型船を駆使したイギリス艦隊に敗北した。

1773年 イエズス会に解散命令……ローマ教皇クレメンス14世が、この日イエズス会に解散を命じた。当時ヨーロッパ諸国では、世界各地で積極的にカトリック布教を行っていたイエズス会に反発する動きがあり、教皇がこれに屈したもので、消えることのない汚名を残すことになった。

1954年 「ジュネーブ協定」調印……この日、スイスのジュネーブで、「第一次インドシナ戦争」の休戦協定が行われた。これにより、1946年から続いたフランスと独立を求めるベトナム民主共和国との戦争は終結した。しかし、この協定に調印をせず、フランスにかわってインドシナ半島を支配し共産主義勢力の拡大を阻止しようとするアメリカは、ベトナム南部にゴ―・ジンジエム政権を擁立してこれを援助したことから、ベトナム統一をめぐって南北の小競り合いがはじまり、「ベトナム戦争」(第二次インドシナ戦争)につながることになる。


● 今日の主な記念日・恒例日

神前結婚記念日……1900年のこの日、東京の日比谷大神宮(今の東京大神宮)で、民間初の神前結婚式が行われたことにちなんだ記念日。この年の5月に、皇太子(のちの大正天皇)の婚儀が神前で行われたことで、国民の間での関心が高まっていた。


● 今日生まれた人

1620年 ピカール……フランスの天文学者。初の本格的な三角測量で子午線測定。

1816年 ロイター……ドイツ出身イギリスの事業家。ロイター通信社創立。

1877年 波多野精一……明治・大正・昭和期の宗教哲学者。西田幾多郎とならぶ京都学派の立役者。

1899年 ヘミングウェイ……アメリカの小説家。代表作『日はまた昇る』『武器よさらば』『老人と海』など。


● 今日亡くなった人

1999年 江藤淳……昭和・平成期の文芸評論家。代表作『漱石とその時代』『アメリカと私』など。


● 過去のマイブログ「7月21日」のテーマ

2015年ブログ 「戦後を代表する評論家」 江藤淳
『夏目漱石論』『アメリカと私』など、文学評論から文明評論まで、幅広い分野の論客として知られた江藤淳(えとう じゅん)が、1999年に亡くなった日です。1932年、銀行員の長男として今の東京大久保に生まれた江藤淳(本名・江頭淳夫)は、4歳半で母を結核で失い、2年後に父は再婚。1945年の空襲で生家が焼失し、疎開先から旧制湘南中学に通い、1948年に旧都立第一中学(現・日比谷高校)へ転校するものの結核で1年間休学……。

2011年ブログ 「おもしろ古典落語」31回目 狸賽(たぬさい)
「こんばんは、こんばんは」「もう寝ちゃったよ、あしたにしてくれねぇか」「ちょっと開けてください」「だれなんだい?」「た、たぬきです」「たぬき? たぬきになんぞに用はねぇ」「そちらになくても、こっちにあるんで……」「ははぁ、だれか夜遊びして、閉めだし食って、泊めてくれってんだな。待ちなよ、今開けるからな……、さぁお入りよ。ありゃ、だれもいねぇじゃないか。おい、どこへ行ったんだ? そこらへ隠れて『わっ』なんておどかそうってつもりか? よしなよ、子どもじゃねぇんだから」「えっへっへ、もうちゃんと入ってます。こんばんは」「な、なんだ、そこのすみっこにいる黒いやつは」「はいっ、たぬきでござんす」「どっから入った?」「親方のまたぐらをくぐって入りました……。

2010年ブログ 人類初の月面着陸
アメリカの宇宙船アポロ11号が人類初の月面着陸したようすが、1969年の日本の昼食時にテレビ報道された日です。世紀の瞬間を見ようと、街頭テレビなどに人々がむらがって、大都市の交通量が半減しました。人類を月面に到達させるという一連のアポロ計画は、宇宙開発でソ連に遅れをとっていたアメリカが、威信をかけて取り組んだ宇宙開発競争のひとつです。1961年5月に ケネディ 大統領が議会演説で表明した「1960年代の終わりまでに人類を月面に到達させ、なおかつ安全に地球に帰還させることを約束する……。

2009年ブログ 『老人と海』 のヘミングウェイ
『日はまた昇る』『武器よさらば』『老人と海』などを著したアメリカの小説家ヘミングウェイが、1899年に生まれた日です。アーネスト・ヘミングウェイは、シカゴ郊外のオークパークに生まれました。幼ないころから医者だった父から、釣りや狩猟の手ほどきを受け、山野をかけめぐりました。そんな子どもの頃の体験が、ヘミングウェイの生涯にわたる、釣りと狩猟、そして闘牛を徹底して楽しんだり、自由奔放な生き方を決定づけたようです……。

2005年ブログ 思いがけない出会い
私は1976年当時、板橋区にある高島平団地という新興高層団地の11階に住んでいた。賃貸の2DKだった。独立した年に生まれた長男と、いずみ書房を興した年に生まれた次男と、年子の子どもがいた。会社がうまくいっていたなら、社会思想社時代に知り合い社内結婚した妻・国子も退社し、いずみ書房でいっしょに仕事をする予定だった。しかし、私の収入はほとんど期待できない上、持ち出しするほどの体たらくである。二人の息子は産休後すぐに、「ベビールーム」という生後3ヶ月から7ヶ月までの乳児のための保育施設へ、そして8ヶ月目に公立保育園へ入れてもらえた。新興団地だったためにこういう施設が充実していたことは幸いだった……。
投稿日:2016年07月21日(木) 05:41

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)