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『ユリシーズ』 のジョイス

今日2月2日は、20世紀前期の最大の巨匠、最も重要な作家の1人と評されるアイルランド出身の作家ジョイスが、1882年に生まれた日です。

ダブリンの南ラスガーに、没落するカトリック家庭の10人兄弟長男として生まれたジェイムズ・ジョイスは、6歳でイエズス会系の寄宿学校に入るものの、父親の失職により退学を余儀なくされました。その後、成績が優秀だったため、学費免除によりベルべデーレ・カレッジを経て、1898年ダブリンのユニバーシティ・コレッジに入学、ラテン語、イタリア語、フランス語を学ぶかたわら、文学に傾倒し、戯曲を書いたり、劇作品などの書評を投稿したりしました。

1902年に卒業後、パリへ赴くものの貧困のために帰国し、私立学校の教師となりました。1904年妻となるノラ・バーナクルと出会って結婚してからは再び祖国を去り、1941年に亡くなるまで、生涯の大半をフランス、イタリア、スイスなどヨーロッパ大陸ですごしました。

ジョイスの代表作は、1922年に発表された大作『ユリシーズ』でしょう。フランスのディジャルダンらの内的独白手法を発展させた作品として、エズラ・パウンド、エリオットらから大きな賞賛を得、20世紀最大の巨匠として、昭和初期のモダニスト文学者たち、とくに伊藤整に代表される心理小説に大きな影響を与えました。

物語はさえない中年の広告取りブルームを中心に、ダブリンでのある1日(1904年6月16日)を多種多様な文体を使って詳細に記録したものです。タイトルの『ユリシーズ』は、ホメロスの『オデュッセイア』を下敷きにし、18章からなる物語全体の構成は、英雄オデュッセウスはさえない中年男ブルームに、息子テレマコスは作家志望の青年スティーブンに、貞淑な妻ペネロペイアは浮気妻モリーに、20年にわたる辛苦の旅路はたった一日の出来ごとに置き換えるという手法がとられ、意識の流れの技法、入念な作品構成、おびただしい数の駄洒落・パロディ・引用などを含む実験的な文章、豊富な人物造形と幅広いユーモアなどによって描かれました……。

もうひとつの代表作『若き芸術家の肖像』は、アイルランド独立運動挫折期に育った少年が、家・祖国・宗教に反逆して、己の運命を文学の世界に切り拓く姿を、ギリシャ神話のダイダロスの姿と重ね合わせて描いた長編小説で、芥川龍之介らに注目されました。また、13年かけた大作『フィネガンズ・ウェイク』は、眠っているときの人間の意識の裏にある世界を扱った作品で、語彙、文章ともに難解なもので、前衛文学の極致といわれています。


「2月2日にあった主なできごと」

962年 神聖ローマ帝国成立…ドイツ王オットー1世は、教皇ヨハネス12世より帝冠を受け、神聖ローマ帝国が成立しました。現在のドイツ、オーストリア、チェコ、イタリア北部を含む帝国は、ナポレオンによってその名称が消されるまで、844年も存続しました。ただし大小の国家連合体であった期間が長く、この中から後のハプスブルク家が支配するオーストリア帝国、プロイセン王国などドイツ諸国家が成長していきました。

1848年 アメリカ・メキシコ戦争終結…1846年にテキサスの国境線をめぐる紛糾で始まった米墨両国の戦争は、この日アメリカが勝利して終結しました。その結果、ニューメキシコがアメリカの領土となりました。

1907年 メンデレーエフ死去…ロシアの化学者で、物質を形づくっている元素の研究をつづけ「元素の周期律表」を作成したメンデレーエフが亡くなりました。
投稿日:2015年02月02日(月) 05:41

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)