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2016年版 8月24日はこんな日


● 今日(8月24日)の主なできごと

79年 ポンペイ最後の日……イタリアのナポリ近郊にあった都市ポンペイが、ベスビオ火山の噴火による火山灰で地中に埋もれた。1738年に農夫がこの遺跡を発見、発掘により当時の町の様子がそのまま出現した。歴史小説家リットンの『ポンペイ最後の日』は、この大噴火を題材にしたもの。

1594年 石川五右衛門刑死……豊臣秀吉が愛用する「千鳥の香炉」を盗もうとして捕えられた盗賊の石川五右衛門とその親族は、この日京都の三条河原で、当時の極刑である[釜ゆでの刑]に処せられた。これ以降、釜型の風呂のことを「五右衛門風呂」と呼ぶようになった。


● 今日の主な記念日・恒例日

愛酒の日……「白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒はしづかに 飲むべかりけり」と詠むなど、酒をこよなく愛した歌人・若山牧水の1885年の誕生日であることから制定。


● 今日生まれた人

1776年 平田篤胤……江戸時代後期の国学者。復古神道を大成。

1879年 滝廉太郎……明治期の作曲家。『荒城の月』『花』『箱根八里』(歌曲)、『鳩ぽっぽ』『お正月』(童謡)など。

1885年 若山牧水……明治・大正・昭和期の歌人。代表作『海の声』『別離』など。


● 今日亡くなった人

1594年 石川五右衞門……安土・桃山期の盗賊。

1832年 カルノー……フランスの物理学者。熱力学第二法則の原型。

1897年 陸奥宗光……明治期の外交官・政治家。イギリスとの治外法権撤廃、日清戦争後の下関条約締結の全権大使。

1956年 溝口健二……昭和期の映画監督。代表作『祇園の姉妹』『西鶴一代女』『雨月物語』など。

1979年 中野重治……昭和期の小説家・評論家・詩人・政治家。


● 過去のマイブログ「8月24日」のテーマ

2015年ブログ  「プロレタリア作家」 中野重治
左翼的作家・評論家として投獄されながらも独自の文学姿勢を貫き、戦後は民主主義文学運動に力をつくした中野重治(なかの しげはる)が、1979年に亡くなった日です。1902年、今の福井県坂井市の農家に生まれた中野重治は、金沢の旧制四高で窪川鶴次郎らと知り合い、短歌や詩、小説を発表するようになりました。室生犀星と知りあったのもこのころのことでした……。

2012年ブログ 「おもしろ古典落語」82回目 かぼちゃ屋
二十歳になっても、ボーっとしている与太郎を心配して、八百屋のおじさんが商売を覚えさせようと、かぼちゃを売らせることにしました。元値は大きいのが十三銭、小さいのが十二銭。勘定のしやすいように大小十個ずつかごに振りわけてやり、上を見て売るんだと、よくいい聞かせて送りだしました。「かぼちゃ! かぼちゃ!」「なんでぇ、この野郎。なにがかぼちゃだ」「かぼちゃ、買ってくれ……。

2011年ブログ 「尊王攘夷運動」 と平田篤胤
江戸時代後期の国学者・平田篤胤(ひらた あつたね)が、1776年に生まれた日です。篤胤は、荷田春満、賀茂真淵、本居宣長とともに国学四大人(うし)の一人とされています。出羽国(現・秋田県)藩士の4男として生れた篤胤は、少年時代、おしつけられる勉強がきらいだったため、父親に落ちこぼれとみなされて、出仕することもかなわず雑用をさせられていました。しかし、興味のある本は片っ端から読み……。

2010年ブログ ポンペイ最後の日
今日8月24日は、イタリアのナポリ近郊にあった都市ポンペイが、紀元79年のベスビオ火山の噴火による火山灰で地中に埋もれた日です。ポンペイは、18世紀に発掘が開始され、現在は主要な部分が一般公開されています。1997年には、古代ローマ人の暮らしぶりや文化遺産があざやかに残されているとして「世界遺産」に登録されています。ポンペイは、古代ローマの貴族たちの保養地として栄えた町で……。

2007年ブログ ほんとうの 「負けずぎらい」 とは?
「うちの子は、負けずきらいで困ります」 という言葉をよく耳にします。ところが 「困ります」 という言葉の裏側に 「そんな強い心を持った子なんですよ」 と言った、むしろ、わが子自慢のにおいが感じられることがあります。「負けずきらい」 ──たしかに強さを秘めた言葉です。でも、子どもにこの言葉をあてはめる場合、十分に見きわめなければならないことがあります……。

2005年ブログ 入札前の買戻しは可能か
1977年3月22日に行われるという公開入札の案内を受け、事前に「ポケット絵本」の買戻しができないかを交渉するため、J・チェーンの破産管財人の事務所を訪れた。K管財人は、当社の2500万円にも上る債権額に理解を示してくれはしたが、破産管財人の使命は、いかにJ・チェーンの資産を高く売り払い、債権者に分配できるかというところにあるという。入札以前に買い取るということであれば……。
投稿日:2016年08月24日(水) 05:46

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)