« 2017年05月11日 | 児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ Top2017年05月13日 »

最新記事【2017年05月12日】


● 今日(5月12日)の主なできごと

1787年 天明の打ちこわし事件……この日、大坂で庶民が米屋をおそい、打ちこわす騒動が発生した。当時は、1783年の浅間山の噴火以来、東日本を中心に降灰による農作物の被害や日照り不足による冷害がつづき、東北地方だけでも13万人が餓死する大飢饉がおこっていた。江戸や大坂でも米の値段がつり上げられる「天明の大飢饉」といわれるなかでの出来事だった。この騒動はすぐに、全国へ広がっていった。

1939年 ノモンハン事件……日本軍が実質的に支配する満州国とモンゴルの国境線にあるノモンハン付近では、両国の主張する国境線の違いから、ときおり小規模な紛争をくりかえしてきた。しかし、この日の紛争は大規模なもので、日本とモンゴル、モンゴルと軍事同盟をむすんでいるソ連軍がからんで長期戦となった。戦闘は9月まで続き、日本軍は優秀な機械化部隊によるソ連軍の援軍に苦戦し、戦没者数1万8000人といわれる敗北をきっした。

1984年 衛星放送始まる……この日の午前6時、NHKが世界で初めての放送衛星(ゆり2号a)による直接受信衛星からの試験放送を開始した。1965年に独自の衛星放送構想を発表してから約20年後のことだったが、離島や山・高い建物などにさえぎられて電波がとどきにくかった地域にとっては朗報となった。


● 今日の主な記念日・恒例日

ナイチンゲールデー/国際看護師の日/看護の日……「ナイチンゲールデー」は、1820年のナイチンゲールの誕生日にちなんで赤十字社が制定。「国際看護師の日・看護の日」は、国際看護婦教会、厚生省(今の厚生労働省)や日本看護協会等が制定したものを、2002年3月、「看護婦」の呼称が「看護師」に変更されたのにあわせ、この記念日に改称。

民生委員・児童委員の日……1917年のこの日、民生委員・児童委員制度の前身とされる岡山県の済世顧問制度が発足したのにちなみ、全国民生委員児童委員連合会が1977年に制定。民生委員は、地域の福祉事務所が行う業務への協力を行う人のことで、児童委員を兼ねる。


● 今日生まれた人

1534年 織田信長……戦国時代の武将。全国統一目前に、家臣明智光秀の謀反に倒れた。

1698年 青木昆陽……江戸時代中期の儒学者・蘭学者。日本じゅうにサツマイモを広めた功績者。

1803年 リービッヒ……ドイツの化学者。有機化学の基礎を確立。

1820年 ナイチンゲール……イギリスの看護師。近代看護学の普及に尽力し「クリミヤの天使」「愛の天使」と讃えられる。

1842年 マスネー……フランスの作曲家。代表作 歌劇『マノン』『ウェルテル』『タイス』(「タイスの瞑想曲」は間奏曲)など。

1845年 フォーレ……フランスの作曲家。代表作『夢のあとに』『イスファハーンの薔薇』『月の光』など。

1885年 武者小路実篤……明治・大正・昭和期の小説家・詩人・劇作家・画家。代表作『幸福者』『友情』『愛と死』『真理先生』など。志賀直哉、有島武郎らと雑誌『白樺』を創刊。

1903年 草野心平……大正・昭和期の詩人。代表作『定本 蛙』など「蛙の詩人」といわれる。


● 今日亡くなった人

1884年 スメタナ……チェコの作曲家。代表作『わが祖国』(6つの交響詩のうち第2交響詩「モルダウ」)、オペラ『売られた花嫁』など。

1962年 秋田雨雀……明治・大正・昭和期の劇作家・小説家・童話作家・社会運動家。

1980年 沢田美喜……昭和期の社会事業家。エリザベスサンダースホーム創設。

1980年 宗道臣……昭和期の教育家。「少林寺拳法」創始。


● 過去のマイブログ「5月12日」のテーマ

2015年 「演劇革新運動」と秋田雨雀
戯曲をはじめ詩、小説、童話、随筆、評論などさまざまな分野で活躍した文学者秋田雨雀(あきた うじゃく)が、1962年に亡くなった日です。1883年、今の青森県黒石市に産科医の子として生まれた秋田雨雀(本名・徳三)は、父が眼病で失明してしまったため、子どものころから父の代書をしたり、本を読んであげたりしました。また、聖書や近代日本文学に親しむ幼少期を過ごしたことで、感受性豊かな少年に育って……。

2014年 「少林寺拳法」 の宗道臣
創始した「少林寺拳法」を通じ、将来をになう青少年育成をめざした教育家の宗道臣(そう どうしん)が、1980年に亡くなった日です。1911年、現在の岡山県美作市に税関吏の子として生まれた道臣(本名・中野理男)は、幼いころに両親を亡くしたため、柔術家の祖父宗重遠の養子となり、古流柔術や剣道を学びました。1928年、日本軍の特務工作員として渡った満州で、中国武術の達人たちから秘伝を学び……。

2011年 「有機化学の父」 リービッヒ
有機化学の確立に大きく貢献し、19世紀最大の化学者と称されるドイツのリービッヒが、1803年に生まれた日です。ユスツス・リービッヒは、ドイツ中央部のダルムシュタットに生まれました。父が薬物の製造・販売を営んでいたため、幼い頃から化学の実験を目にする機会に恵まれ、次第に父の実験の手伝いをするようになりました。当時のダルムシュタットは、ヘッセン大公国の首都で、その宮廷図書館には化学関連の書籍がそろっていて……。
 
2010年  戦国時代を制した織田信長
群雄割拠といわれる戦国時代を走りぬけ、全国統一を目の前にして家臣の謀反に倒れた武将・織田信長が、1534年に生まれた日です。生涯のほとんどを戦いに明け暮れた信長は、勇猛果敢ではありましたが、冷酷傲慢な武将だったといわれます。しかし、戦のかたわら都市をつくり、交通や商業を盛んにし、キリスト教を保護してヨーロッパ文化の吸収につとめるなど……。

2009年  甘藷(かんしょ=サツマイモ)先生・青木昆陽
江戸時代中期の儒学者・蘭学者で、日本じゅうにサツマイモを広めた功績者として有名な青木昆陽(あおき こんよう)が、1698年に誕生した日です。1698年、江戸(東京)日本橋の魚問屋に生まれた昆陽は、若いころから学問がすきで、京都にのぼって儒学者伊藤東涯に学びました。東涯の学問は、古義学という学風で、実さいに役に立つ学問、実学を重んじていました……。

2008年  ナイチンゲール・デー 看護の日
看護師の社会的地位の向上に大きな貢献をし、「愛の天使」 と賞讃されたナイチンゲールが1820年に誕生した日であり、国際的にも 「ナイチンゲール・デー」 と制定されています。1991年から日本でも、「看護の日」 とされました。ナイチンゲールの両親はイギリスの名門貴族で、ナイチンゲールは両親のイタリア旅行中、フィレンツェに生まれました。大金持ちの家で育てられたため、ナイチンゲールは子どもの頃から、何不自由のない暮らしをしていました。でも……。

2006年  蜘蛛の糸
「蜘蛛の糸」(芥川龍之介作)のあらすじは次の通りです。ある日、極楽の蓮の池から地獄をのぞいたお釈迦さまは、大どろぼうの大悪人だが、1度だけ小さなくもの命を助けたことのある、カン陀多(かんだた)という男を地獄から救ってやろうと、地獄へ1本のくもの糸をたらしました。さて、地獄の底でこれをみつけてよろこんだカン陀多は、細いくもの糸をのぼっていきました。ところが、ずいぶんのぼってふと下を見ると、あとからたくさんの罪人たちがのぼってきています……。
投稿日:2017年05月12日(金) 05:33

2017年05月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

月別アーカイブ

 

Mobile

児童英語・図書出版社 社長のこだわりプログmobile ver. http://mt.izumishobo.co.jp/plugins/Mobile/mtm.cgi?b=6

プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)