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最新記事【2017年03月06日】


● 今日(3月6日)の主なできごと

1297年 永仁の徳政令……この日、鎌倉幕府は生活に苦しむ御家人を救うため、借金を帳消しにする「永仁の徳政令」発布。幕府は2度にわたる元寇を防いだものの、御家人の負担は大きく、領地を売ったり質入れするなど、多くが没落していった。ところが、武士に誰もお金を貸さなくなったために生活はさらに悪化、幕府衰退の遠因となった。

1972年 日の丸飛行隊が金・銀・銅独占……札幌冬季オリンピックのスキー70m級ジャンプで、笠谷が金、金野が銀、青地が銅メダルを獲得。過去の冬期オリンピックで金さえとったことのなかった大ニュースに、3人は「日の丸飛行隊」とよばれ話題を独占した。


● 今日の主な記念日・恒例日

世界一周記念日……1967年のこの日、日本航空の世界一周西回り路線が営業を開始したことで制定。

スポーツ新聞の日……1946年のこの日、日本初のスポーツ新聞『日刊スポーツ』が創刊した。

弟の日……姉妹型、兄弟型の研究で知られる漫画家の畑田国男が1992年に提唱。以後3か月ごとに兄・妹・姉の日を制定。


● 今日生まれた人

1475年 ミケランジェロ……イタリア盛期ルネサンス期の画家・彫刻家・建築家。代表作『システィーナ礼拝堂天井画』『ダビデ像』『ピエタ』など。「万能人」

1619年 シラノ・ド・ベルジュラック……フランスの詩人・劇作家・小説家。ロスタンの戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」で有名。

1844年 リムスキー・コルサコフ……ロシアの作曲家。ロシア五人組の一人。代表作『シェヘラザード』『サトコ』など。

1909年 大岡昇平……昭和期の小説家。代表作『野火』『武蔵野夫人』『花影』『レイテ戦記』など。

1912年 都留重人……昭和・平成期の理論経済学者。国民経済計算における三面等価の原則の考案、公害の政治経済学提唱。雑誌『公害研究』創刊。


● 今日亡くなった人

1836年 デヴィー・クロケット……アメリカの辺境開拓者・政治家。テキサス独立を支持し「アラモの戦い」で玉砕。アメリカの国民的英雄。

1888年 オルコット……アメリカの小説家。代表作『若草物語』など。

1900年 ダイムラー……ドイツの機械技術者・自動車製造の開拓者。

1932年 スーザ……アメリカの作曲家。代表作『ワシントン・ポスト』『星条旗よ永遠なれ』など。「マーチ王」

1948年 菊池寛……大正・昭和期の小説家・劇作家・実業家。代表作『父帰る』『恩讐の彼方に』『真珠夫人』など。「文芸春秋社」創業、芥川賞・直木賞創設。

1973年 パール・バック……アメリカの小説家。代表作『東の風・西の風』『大地の家』(「大地」「息子たち」「分裂せる家」収録) など。

1975年  石坂泰三……昭和期の財界人。東芝社長・経団連会長など歴任。「財界総理」の異名。

1980年 天野貞祐……昭和期の哲学者。「独協大学」創設。文相歴任。

1981年 荒畑寒村……明治・大正・昭和期の社会主義運動家・小説家・評論家。

1992年 丸山千里……昭和・平成期の医師。癌治療薬「丸山ワクチン」開発。

2016年 多湖輝……昭和・平成期の心理学者。代表作『頭の体操』シリーズ。


● 過去のマイブログ「3月6日」のテーマ

2014年 「学問による人間形成」 志した天野貞祐
カント哲学の翻訳と研究者として知られ、第3次吉田内閣の文部大臣、独協大学の初代学長をつとめた天野貞祐(あまの ていゆう)が、1980年に亡くなった日です。1884年、現在の相模原市に豪農の子として生まれた天野貞祐は、旧制中学の独協学園に在学中に内村鑑三の著書に感銘、旧制一高に入学して内村から直接教えを受けて卒業後、京都帝国大に進学して西田幾多郎らからカント哲学を学び……。

2013年 戦後文学を代表する大岡昇平
小説『野火』『武蔵野夫人』『花影』、伝記『中原中也』などを著し、フランス文学の翻訳家としても活躍した大岡昇平(おおおか しょうへい)が、1909年に生まれた日です。東京牛込に生まれた大岡昇平は、幼いころから文学に関心をもち、10歳のころには「赤い鳥」に童謡を投稿して入選するほどでした。成城高校時代に小林秀雄と知り合い、小林からフランス語の個人教授を受けるうち……。

2012年 『大地』 のパール・バック
『大地』でノーベル文学賞を受賞し、基金を設立してボランティア活動に専心したアメリカの女流作家パール・バックが、1973年に亡くなった日です。パール・バックの両親は熱心なクリスチャンで、父は中国の江蘇省にある教会の宣教師でした。1892年に一時帰国し、母はウェスト・バージニア州ヒルスボロでパールを生むと、生後3か月で一家は中国にもどりました。パールは幼い頃から、父の教会の豊富な蔵書の中……。

2009年 子どもに本を買わせてみる
ある書店でのことです。子どもの本の棚の前に、ひと組の母子がいました。子どもは3、4歳の女の子、母親は30歳くらいです。その母子を観察していると、おもしろいことがわかってきました。子どもが、棚の前に平積みしてある絵本をひとつ一つ見ていきます。ある本は表紙を見ただけで手を離し、ある本はページをめくってじっと見ていきます。母親は子どもの後ろに立って、その子が本を少し乱暴に置いたときだけ「あら、きちんと置きましょ」という時以外……。

2008年 ミケランジェロ 「最後の審判」
イタリアの首都ローマの一角にある、カトリックの総本山バチカン市国。世界最大の教会サン・ピエトロ寺院のまわりには、たくさんの宮殿や礼拝堂があり、その最大のものがシスティナの礼拝堂です。幅13.3m、奥行40.5mで、1481年に完成しました。そして、当時の一流の芸術家が装飾を担当しましたが、この天井画を描いたのが、ミケランジェロです。13×36mという史上最大のこの絵は……。

2007年 のみこみの悪い子にしないために
幼稚園や学校へ行くようになって、先生のいうことを、なかなか理解しない子がいます。むずかしいことではないのに、のみこみの悪い子がいます。そして、その結果、けっして能力は低くはないのに成績のよくない子がいます。こんな子は、家庭で小さいときから、同じことをなんどでもくり返して言い聞かせられながら育ってきたと思われます。子どもが納得するように心をこめて語りかけてやらずに……。

2006年 日本読書クラブカタログ (本の価値と楽しみ)
1983年の2月に設立した「日本読書クラブ」は、いずみ書房の営業スタッフが中心となって、普及活動を開始した。これまで、いずみ書房のオリジナル商品だけを販売していた人たちにとっては、これまで販売したことのないたくさんの図書を取り扱うことになった。日本を代表するような出版社から刊行されている百科事典や文学全集、図鑑、美術全集など、どういう特徴のある内容なのか……。
投稿日:2017年03月06日(月) 05:29

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)