児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ Top >  2016年版 こんな日 >  2016年版 1月25日はこんな日

2016年版 1月25日はこんな日


● 今日(1月25日)の主なできごと

903年 菅原道真左遷……右大臣・菅原道真の才能をねたんだ左大臣の藤原時平は、「政治を私物化している」と醍醐天皇に何度も進言。ついに天皇は位の低い太宰府権帥(ごんのそち)として、大宰府(今の福岡県大宰府市)に左遷することに決めた。2年後の2月25日に道真は亡くなるものの、清涼殿が落雷を受けるなど異変が相次いだため、道長の祟りとうわさされ、天皇は京都に北野天満宮を建立、「天神様・学問の神様」としてまつったことにより、「天神信仰」が全国に広まった。

1077年 カノッサの屈辱……ローマ教皇グレゴリウス7世に破門された神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世は、破門の解除を願うため、雪が降る中3日間、カノッサ城に滞在中の教皇の城門前に裸足のまま断食と祈りを続けたことで破門を解除された。(このエピソードは後世の創作)

1902年 八甲田山遭難事件……日清戦争で冬季寒冷地での戦いに苦戦した日本陸軍は、対ロシア戦を想定して訓練中のこの日、歩兵第5連隊が青森市街から八甲田山の田代新湯に向かう雪中行軍の途中に遭難、参加者210名中199名が死亡(2日後に確認)。軍の無謀な訓練が問題になった。

1979年 大清水トンネル……上越新幹線新幹線の通る大清水トンネルが貫通。当時、山岳トンネルとしては世界最長の2万2228m。


● 今日の主な記念日・恒例日

初天神……菅原道真の誕生日・左遷が決定した日・亡くなった日が25日だったことから、毎月25日が天神の縁日。1年最初の縁日は「初天神」とよばれ、各地の天満宮には、合格をねがう受験生が大勢訪れる。

中華マンの日・ホットケーキの日……1902年のこの日、北海道旭川市で−41℃という日本最低気温を記録したことにちなんで、寒い日には中華マンやホットケーキを食べて暖まろうという意図で提唱された記念日。

お詫びの日……「カノッサの屈辱」にちなんで制定。
 

● 今日生まれた人

1627年 ボイル……アイルランドの化学・物理学者。気体の体積は圧力に反比例するという「ボイルの法則」を発見。

1736年 ラグランジュ……イタリア生まれフランスの天文学・数学者。メートル法制定に尽力。

1759年 バーンズ……イギリスの国民的詩人。「蛍の光」「故郷の空」などスコットランド民謡の収集と普及に貢献。

1858年 モーム……イギリスの小説家・劇作家。代表作『月と六ペンス』『人間の絆』など。

1858年 御木本幸吉……明治・大正・昭和期の実業家。真珠の養殖法を開発し、「真珠王」といわれる。

1863年 徳富蘇峰……明治・大正・昭和期のジャーナリスト・思想家・歴史家・評論家。「国民新聞」を創刊。

1885年 北原白秋……詩人・歌人・童謡詩人。代表作『邪宗門』『思い出』、『からたちの花』『この道』(童謡)など。

1902年 中野重治……昭和期の小説家・詩人。代表作『歌のわかれ』『むらぎも』『梨の花』など。

1907年 火野葦平……昭和期の小説家。代表作『麦と兵隊』『土と兵隊』『花と兵隊』など。

1938年 石ノ森章太郎……昭和・平成期の漫画家。代表作『サイボーグ009』『ロボット刑事』『マンガ日本経済入門』『HOTEL』など。

1938年 松本零士……昭和・平成期の漫画家。代表作『銀河鉄道999』『宇宙戦艦ヤマト』など。


● 今日亡くなった人

1212年 法然……平安時代後期〜鎌倉時代初期の僧侶。「浄土宗」の開祖。

1701年 契沖……江戸時代前・中期の国学者・歌人。文献学的手法は近世国学の基盤。代表作『万葉代匠記』など。

1908年 ウィーダ……イギリスの女流作家。代表作『フランダースの犬』など。

1947年 高野辰之……大正・昭和期の国文学者・唱歌作詞家。代表作『故郷』『朧月夜』『もみじ』『春がきた』『春の小川』など。

1949年 牧野伸顕……明治・大正・昭和期の政治家。後継首班奏請に参画したことで、「2.26事件」でねらわれたものの難を逃れる。

1957年 小林一三……明治・大正・昭和期の実業家・政治家。阪急グループ創始者。

1957年 志賀潔……明治・大正・昭和期の細菌学者。赤痢菌の発見者として知られる。

1970年 円谷英二……映画監督・特撮監督。代表作『ハワイ・マレー沖海戦』『ゴジラ』(特殊技術)『ウルトラマン』(監修)など。「怪獣ブーム」の立役者。


● 過去のマイブログ「1月25日」のテーマ

2013年ブログ 「おもしろ古典落語」103回目 しの字ぎらい
「権助や」「へぇ、なにかご用ですか?」「用というわけじゃないが、いまは正月だ。正月になにか縁起が悪いことがあると、一年中いやなことがあっちゃいけねぇ。そこで、おまえにいいわたすが、正月いっぱい[し]という字を封じることにする」「[し]っていうのはそんなに縁起が悪いかね?」「悪いな。第一、死ぬとある。死ぬほど人間にとって悪いことはない。しくじる、しばられる、身代限りをする、[し]というのはろくなものはない」……。

2012年ブログ 言論界の雄・徳富蘇峰
明治・大正・昭和の3時代にわたってジャーナリスト・思想家・歴史家として活躍した徳富蘇峰(とくとみ そほう)が、1863年に生まれた日です。蘇峰は、肥後藩(いまの熊本県)の郷士の長男として水俣で生れました。弟は作家の 徳冨蘆花。漢学を学んだのち、熊本洋学校に入って西洋の学問やキリスト教に興味をよせるようになり、1876年に上京して官立の東京英語学校に入学しました……。

2011年ブログ 『フランダースの犬』 のウィーダ
不朽の児童文学といわれる『フランダースの犬』を著したイギリス出身の女流作家ウィーダが、 1908年に亡くなった日です。ウィーダ(本名ルイーズ・ド・ラ・ラメー)は1839年、フランス人の父とイギリス人の母の子としてイギリスのサフォーク州に生まれました。20歳の頃から小説を書き始め、1863年にデビュー作となるロマンス小説『囚れの身となって』を発表し作家活動に入りました。子どもの頃に、自分の名前のルイーズをうまく発音できずに「ウィーダ」といっていたのを、ペンネームにしたといわれています……。

2010年ブログ 童謡作家・北原白秋
『赤い鳥小鳥』『あわて床屋』『からたちの花』など800編もの童謡の作詞を手がけた詩人・歌人の北原白秋が、1885年に生まれた日です。福岡県の南部に、柳川という、むかしの城下町があります。いくすじもめぐる水路に柳が影をうつす、美しい町です。詩人北原白秋は、その柳川の古い土蔵の倉が並んだ大きな造り酒屋に生まれました……。

2008年ブログ おもしろ科学質問箱 5 「星と星がぶつかることはないの ?」 
夜空を見上げると、それこそ無数の星たちがぎっしりと、ひしめくようにきらめいています。こんなにたくさんあるのだから、ぶつかってしまうこともあるのでは? と思ってしまいます。でも、それぞれの星同士は、これまたとてつもなくはなれた距離にあるのです……。

2007年ブログ 規格サイズ思考の子どもにしないために
幼児にクレヨンや鉛筆を持たせると、ところかまわず、思いっきり書きなぐろうとします。白い紙を与えると、紙いっぱいに書きちらして、しまいには絵や線が紙からはみだして、テーブルやたたみにまで、のびていきます。さあ、こんなとき 「あらあら、この紙の中に書かなきやダメよ」 と叱っていませんか……。

2006年ブログ 「レディバードブックス特選100点セット」 三銃士
フランスのアレクサンドル・デュマ(1802−1870)の代表作「三銃士」は、1845年に発表され、大ベストセラーとなり、その後世界の子どもたちに大人気となった歴史小説。ここに登場する国王ルイ13世、国王に張り合う枢機卿リシュリュー、王妃アンヌをはじめ、主人公ダルタニアンも実在人物だった……。
投稿日:2016年01月25日(月) 05:09

 <  前の記事 2016年版 1月22日はこんな日  |  トップページ  |  次の記事 2016年版 1月26日はこんな日  > 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://mt.izumishobo.co.jp/mt-tb.cgi/3758

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

         

2016年01月

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

月別アーカイブ

 

Mobile

児童英語・図書出版社 社長のこだわりプログmobile ver. http://mt.izumishobo.co.jp/plugins/Mobile/mtm.cgi?b=6

プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)