「のんびり詩集」 の山村暮鳥
今日12月8日は、伝道のかたわらこしらえた詩で知られる詩人・児童文学者の山村暮鳥(やまむら ぼちょう)が、1924年に亡くなった日です。
1884年、現在の高崎市に農家の子として生まれた山村暮鳥(本名・土田八九十)は、父が事業に失敗するなど貧困の中で少年期を過ごしました。小学校を中退し苦労を重ねながらも1899年、尋常小学校の代用教員となり、夜は、前橋の聖マッテア教会の英語学校に通いました。
1902年に同教会の信者となり、女性宣教師の通訳兼秘書として青森など東北各地をめぐりました。1903年に、東京築地にある神学校に入学すると、詩や短歌の創作をはじめ、1908年卒業後は、牧師として秋田、仙台、水戸などで布教活動にたずさわりました。やがて、自由詩社に加わって雑誌に数多くの詩を発表するようになり、1909年、人見東明から「山村の夕暮れに飛んでいく鳥」という意味をこめた「山村暮鳥」のペンネームをもらうと、1913年には、第1詩集『三人の処女』を発表。同年に、萩原朔太郎、室生犀星と、詩・宗教・音楽の研究を目的とする「にんぎょ詩社」を設立したほか、教会の信者や知人たちを中心に「新詩研究会」を結成しました。
1915年に詩集『聖三稜玻璃』を発表すると、従来の詩の形式をやぶるものと詩壇では注目を浴びるものの、一般の人には一人よがりで難解として批判されました。その後は、人間の愛や祈りを信じる人道主義の立場で、一般の人の生活を中心としたわかりやすい詩をつくるようになりました。1918年に発表した『風は草木にささやいた』は、その代表的な詩集で、その中の一つにこんな作品があります。
「子どもは泣く」
子どもはさかんに泣く
よくなくものだ
これが自然の言葉であるのか
何でもかでも泣くのである
泣け泣け
たんとなけ
もつとなけ
なけなくなるまで泣け
そして泣くだけないてしまふと
からりと晴れた蒼天のやうに
もうにこにこしてゐる子ども
何といふ可愛らしさだ
それがいい
かうしてだんだん大きくなれ
かうしてだんだん大きくなつて
そしてこんどはあべこべに
泣く親達をなだめるのだ
ああ私には眞實に子どものやうに泣けなくなつた
ああ子どもはいい
泣けば泣くほどかはゆくなる
また、死後に発表された『雲』は、自然と人間とのかかわりをえがいた、のんびりした詩風で知られています。その他、短編小説『鉄の靴』や多くの童謡や童話を残しています。
なお、オンライン図書館「青空文庫」では、暮鳥の代表作『風は草木にささやいた』『雲』など29編を読むことができます。
「12月8日にあった主なできごと」
BC441年 シャカの悟り…仏教を開いたインドのシャカが、王宮の妻子の元を離れて6年目のこの日、悟りを開いたといわれます。
1941年 太平洋戦争勃発…日本の連合艦隊がハワイ・オワフ島の真珠湾に停泊中のアメリカ太平洋艦隊を奇襲して、この日から3年6か月余にもおよぶ太平洋戦争に突入しました。
1980年 ジョン・レノン射殺される…世界的なロックバンド、ビートルズの中心メンバーだったジョン・レノンが、ニューヨークの自宅アパート前で、熱狂的なファンにピストルで撃たれて亡くなりました。
投稿日:2014年12月08日(月) 05:15