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最新記事【2015年08月31日】

今日8月31日は、20世紀のイギリスを代表する芸術家・彫刻家のヘンリー・ムーアが、1986年に亡くなった日です。

1898年、北イングランドのヨークシャーに貧しい炭鉱夫の子として生まれたヘンリー・ムーアは、中学時代に粘土や木による造形を美術教師にほめられたのがきっかけになって、彫刻家になる決心をしました。しかし、両親は彫刻を手工業的な労働として評価しませんでした。

1917年、第1次世界大戦を戦うためにイギリス陸軍に徴兵されたムーアは、フランス戦線で爆撃に遭い、毒ガスの被害で軍病院で療養しました。戦後に退役軍人の手当を資金に、念願の彫刻家になろうとリーズ芸術学校に入学して彫刻の最初の生徒となり、1921年には王立美術学校で学ぶようになります。そして時間が許す限り大英博物館へ足しげく通って、原始彫刻や未開彫刻に大きな刺激を受けました。

1925年に卒業後は、王立美術学校で彫刻を教えながら、フランスやイタリアへ短期留学するうち、ブランクーシやキュービズムの彫刻に影響されます。やがて、エジプト、アフリカ、メキシコの古代彫刻の抽象的な素朴さに魅かれるようになり、1929年、トルテカ文明のチャックモール像の形態に示唆された人体の横臥像に興味を持ち、初の『横たわる人体』を制作、これが生涯のモチーフとなりました。

のちにムーアは次のように語っています。「人体の基本となるポーズが3つある。まず立っているもの、次に坐っているもの、そして横たわっているものである。3つのポーズのうちで、横たわる人体像は、最も自由がきき、構成しやすく、また空間性を持っている。横たわる人体像はどんな床面にも横たえることが可能だ。自由がきくと同時に安定性もある」──と。

1933年にムーアは、抽象芸術家グループ「ユニット・ワン」を設立すると、ロンドン・レスター画廊で初のグループ展を開きました。とくに、山塊のような人体、有機的でユーモアと生命感あふれるムーアのユニークな彫刻は世界的な評価を受け、イギリス抽象美術運動の推進者といわれるようになりました。

第2次世界大戦中は、従軍美術家としてデッサンによる「防空壕シリーズ」を制作、戦後の1946年からは、ニューヨーク「近代美術館」を皮切りにアメリカ、オーストラリアで個展の巡回を行って高い評価を得ると、1948年のベネチアビエンナーレで国際彫刻大賞を受章し、イギリス美術を国際的なものにすることに大きく貢献しました。そして、大規模なモニュメントなどの注文をこなす能力により、ムーアはその生涯の後半に美術家としては並外れた財力を所有することになりました。しかし、質素な生活を亡くなるまで続け、その財産のほぼすべてを「ヘンリー・ムーア財団」の基金として寄付し、美術教育や普及の支援のために使われています。

なお、ムーアの代表作11点は、箱根の「彫刻の森美術館」で見ることができます。箱根の自然に彩られた広大な庭園の中で、彫刻が静かに出迎えてくれる庭園美術館の見学はお勧めです。


「8月31日にあった主なできごと」

1957年 マラヤ連邦独立…19世紀後半からイギリスの支配下にあったマラヤは、マラヤ連邦として独立宣言をしました。なお、マラヤ連邦は、1963年にイギリス保護国だった北ボルネオ他と統合し「マレーシア」となりました。

1997年 ダイアナ妃交通事故死…イギリスの元皇太子妃ダイアナが、パリ市内で不慮の交通事故で亡くなりました。
投稿日:2015年08月31日(月) 05:10

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)