「イメージの錬金術師」 エルンスト
今日4月1日は、ダリと並び、超現実主義(シュルレアリスム)の代表的な画家として活躍したドイツ出身でフランスに帰化したエルンストが、1976年に亡くなった日です。
1891年、ドイツ西部にあるケルン近郊のブリュールに生まれたマックス・エルンストは、1909年にボン大学哲学科に入学し、心理学、美術史、精神病理学を学ぶうち、ピカソやキリコらの表現主義に魅かれて絵を描くようになり、「ライン地方表現主義者グループ」に参加すると、1912年に画家になる決意を固めました。
1914年に第1次世界大戦が勃発し、砲兵隊員として軍務につくいっぽう、スイスでおこった芸術運動「ダダイスム」に加わり、1916年にはダダイストたちとの最初の展覧会を開きました。そのうちアートは魔術師になるべきだと決意すると、コラージュ(おもに新聞、雑誌の写真、カタログ、壁紙、布切れ、針金、ビーズなどの絵具以外の物を色々と組み合わせて画面に貼り付ける)を発案し、1919年にコラージュアルバム『流行は栄えよ、芸術は滅ぶとも』を出版しました。
1920年、パリに出たエルンストは、ブルトンらと交友し、やがて超現実主義(シュルレアリスム)運動に加わり、そのグループ展に参加をはじめます。この芸術運動は、目の前に立ちはだかる現実を超えるものであり、文学者・映画監督・画家たちがこぞってお互いの突拍子もない発想を競いあうものでした。エルンストは、夢や幼児期の記憶、エロチックな妄想、ふだん心の中に隠された意識を手がかりに、いままでに見たこともないイメージを次々に創り出しました。
それらのイメージを、コラージュに加え、新たに編みだした「フロッタージュ(摩擦画)」(木や石など目の粗い物体に紙を当て、上から鉛筆などでこすって文様を出す)、「グラッタージュ」(絵具をぬったカンバスをざらざらしたものに置き、パレットナイフで絵具を掻き落とす)、「ドリッピング」(天井に糸で吊った缶に絵具を入れて振り回し、偶然に生まれた滴りを利用)などの技法を用いた作品にし、その作品集を『博物誌』(1926年)『百頭女』(1926年)『慈善週間』(1934年)などに発表しました。
その後、1939年の第2次世界大戦のぼっ発とともに、敵国人として収容所に入れられましたが、1941年にニューヨークに逃れ、若い世代と交流する中で、アクション・ペインティングに大きな影響を与えました。1949年にパリへもどり、1954年にベネチア・ビエンナーレ展で絵画大賞を受賞しています。
「4月1日にあった主なできごと」
1173年 親鸞誕生…『南無阿弥陀仏』と念仏をとなえれば、来世で極楽浄土に生まれかわることができると説く「浄土宗」を開いた法然に学び、その教えを発展させて「浄土真宗」を開いた親鸞が生まれました。
1815年 ビスマルク誕生…プロイセン王の右腕としてドイツ統一をめざして鉄血政策を推進し、1871年にプロイセン王をドイツ皇帝として戴冠させ、ドイツ統一をなしとげたビスマルクが生まれました。
1938年 国家総動員法の公布…1937年7月、北京郊外の盧溝橋での日中の衝突事件に端を発した日華事変は、急速に激化の一途をたどりました。広大な中国の山野で活動する大軍の需要を満たすため、この日国家のすべての人的・物的資源を政府が統制運用できる権限を規定した「国家総動員法」を公布しました。
投稿日:2015年04月01日(水) 05:57