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最新記事【2017年09月25日】


● 今日(9月25日)の主なできごと

1829年 シーボルト国外追放……1年ほど前に、幕府禁制品とされていた日本地図などを国外に持ち出そうとしたこと(シーボルト事件)で、捕えられていたシーボルトが、国外追放・再渡航禁止処分となった。


● 今日の主な記念日・恒例日

藤ノ木古墳記念日……1985年のこの日、奈良県斑鳩町の藤ノ木古墳の石室等が発堀された。藤ノ木古墳は直径約48m、高さ約9mの円墳で、古墳時代後期の6世紀後半に作られたものと考えられている。1985年に第1次調査、1988年6月に国内の発掘調査史上初めてファイバースコープを使った石棺の内部調査が行われ、同年10月8日に1400年ぶりに石棺の蓋が開かれた。石棺は未盗掘で、埋葬当時の姿がほぼそのまま残っており、当時の埋葬儀礼を解明する上で貴重な資料。古墳は国の史跡に指定され、2004年にはすべての出土品は国宝となった。


● 今日生まれた人

1596年 酒井田柿右衞門 (初代)……江戸時代前期の伊万里焼陶工。「色絵磁器(赤絵)」を創始。

1881年 魯迅……中華民国の小説家・翻訳家・思想家。代表作『阿Q正伝』『狂人日記』など。

1884年 石橋湛山……大正・昭和期のジャーナリスト・政治家。第55代首相(病のため63日の短命に終わる)。大蔵大臣・通産大臣・郵政大臣歴任。

1897年 フォークナー……アメリカの小説家。代表作『響きと怒り』『サンクチュアリ』『八月の光』『アブサロム、アブサロム!』など。

1920年 高木彬光……昭和・平成期の推理小説家。代表作『白昼の死角』『破戒裁判』『能面殺人事件』『人形はなぜ殺される』など。


● 今日亡くなった人

1849年 ヨハン・シュトラウス(1世)……オーストリアの作曲家。代表作『ラデツキー行進曲』『アンネン・ポルカ』『ローレライ=ラインの調べ』など。

1885年 五代友厚……明治期の実業家。大阪商法会議所設立など、関西経済界の重鎮。

1970年 レマルク……ドイツ出身アメリカの作家。代表作『西部戦線異状なし』『凱旋門』『愛する時と死する時』『生命の火花』など。

1985年 更科源蔵……昭和期のアイヌ文化研究家・詩人。代表著作『コタン生物記』『アイヌ文学の生活誌』『北の原野の物語』など。

1990年 奥村土牛……大正・昭和期の日本画家。代表作『鳴門』『醍醐』『富士宮の富士』『蠣(かき)』など。

2000年 浪越徳治郎……昭和・平成期の指圧師。「指圧療法」創始。「指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」の決め台詞で有名。


● 過去のマイブログ「9月25日」のテーマ

2015年 『西部戦線異状なし』 のレマルク
二つの世界大戦と全体主義に翻弄される民衆を一貫して描いたドイツ出身でアメリカに亡命した作家レマルクが、1970年に亡くなった日です。1898年、ドイツ北西部のオスナブリュックに製本業を営む敬虔なカトリック信者の家に生まれたエーリッヒ・レマルクは、ギムナジウム(中高一貫校)で学んでいるときに第一次世界大戦が始まり、1916年に級友たちと共に志願兵……。

2014年 『響きと怒り』 のフォークナー
ヘミングウェイと並び「20世紀アメリカ文学の巨匠」と称されるフォークナーが、1897年に生まれた日です。アメリカ南部ミシシッピ州のニューオールズバニーに、曽祖父が開業した地方鉄道の駅長の長男として生まれたウィリアム・フォークナーは、5歳のとき一家が同州の郡都オックスフォードに移り住み、以後生涯のほとんどをこの地で過ごしました……。

2013年 「殖産興業の先駆者」 五代友厚
明治期に「東の渋沢・西の五代」といわれ、関西商業界を代表する活躍をした実業家の五代友厚(ごだい ともあつ)が、1885年に亡くなった日です。1836年、薩摩藩士の儒学者の次男として、鹿児島城下に生まれた五代友厚は、1842年に児童院の学塾に入りました。1850年に父が藩主の島津斉彬から、世界地図の模写を命じられ、父は友厚にこの仕事を手伝わせたことで……。

2012年  卓越したジャーナリスト石橋湛山
戦前は「東洋経済新報」のジャーナリストとして、戦後は政治家として独自の業績を残した石橋湛山(いしばし たんざん)が、1884年に生れた日です。日蓮宗の僧侶の長男として、東京に生れた石橋は、家庭の事情で山梨の田舎に育ち、1902年に上京して早稲田大学哲学科に入学、プラグマティズム哲学者田中王堂に強い影響を受けました。卒業後は、島村抱月の推薦で……。

2008年  わが子の心にあたたかく寄りそう
[読み聞かせる本]──読み聞かせが成功するかどうか、それは本の選び方にかかっているといってもよいでしょう。まず第1は、おとなの目で選ぶのではなく、聞き手の子どもを大切にしたいものです。せっかく高い本を買ってきて読み聞かせるのだから、少しでも内容の濃い、少しでも多く子どもが学びとってくれるものをなんて考えて選んだ本は、きまって、子どもは……。

2007年  シーボルトが国外追放を申し渡された日
今日は、江戸後期に長崎のオランダ商館つき医師として来日したシーボルトが、すぐれた西洋医学を広めるも帰国の際に禁じられたた日本地図などを持ち去ろうとしたことで、1829年、江戸幕府から国外追放を申し渡された日です。シーボルトは、1796年南ドイツにあるビュルツブルクの外科医の名家に生まれ、その地の大学に学びました。医学ばかりでなく、自然科学、博物学など……。

2006年  「源義経」 のこども時代
義経は、小さいころの名を牛若といいました。牛若が生まれたつぎの年に、父は、平氏との戦い (平治の乱) にやぶれて、殺されてしまいました。そして、牛若は、母と、今若、乙若のふたりの兄といっしょに、平氏の大将平清盛のもとにとらわれの身となり、やがて6歳になると、京の都の北にある鞍馬山の寺へあずけられました。清盛に 「武士になってはならぬ」 と、いいわたされたのです……。
投稿日:2017年09月25日(月) 05:35

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)