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最新記事【2017年07月22日】


● 今日(7月22日)の主なできごと

1549年 キリスト教伝来……この日イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが、マラッカで出合った弟子のヤジロウの案内で薩摩半島の坊津に上陸。その後、平戸や山口などで、熱心にキリスト教の布教活動を行った。


● 今日の主な記念日・恒例日

下駄の日……7は下駄の寸法を表わすのに「7寸7分」というように7がよく使われることと、22は下駄の跡が「二二」に見えることから、全国木製はきもの業組合連合会が1991年に制定。

ナッツの日……七(ナ)2(ツー)2(ツー)」の語呂合せから、日本ナッツ協会が1996年に制定。


● 今日生まれた人

1363年 世阿弥……室町時代前期の能役者・謡曲作者。代表著作『風姿花伝』(花伝書) 。

1822年 メンデル……オーストリアの遺伝学者・司祭。「メンデルの法則」を発見。

1888年 ワクスマン……ウクライナ出身アメリカ生化学者。ストレプトマイシンなど20を超える抗生物質発見。

1898年 野村万蔵(6世)……明治・大正・昭和期の狂言師・能面作家。人間国宝。


● 今日亡くなった人

1895年 グナイスト……ドイツの法学者・政治家。

1922年 高峰譲吉……明治・大正期の応用化学者。初のアドレナリン抽出成功、タカジアスターゼ発明。

1967年 サンドバーグ……アメリカの作家・詩人。代表作『リンカーン伝』『シカゴ詩集』など。

2002年 草柳大蔵……昭和・平成期の評論家・ジャーナリスト。代表著作『現代王国論』『実録 満鉄調査部』など。


● 過去のマイブログ「7月22日」のテーマ

2015年 「明治憲法の助言者」 グナイスト
明治憲法制定の際、渡独した伊藤博文らに憲法学を講じ、弟子のモッセを明治政府の法律顧問として指導させたドイツの法学者・政治家のグナイストが、1895年に亡くなった日です。1816年、ベルリンで生まれたルドルフ・グナイストは、1838年にベルリン大学を卒業後、同大学院で法学博士号を取得して地方裁判所裁判官になると、そのかたわらイタリア、フランス、イギリスへわたって憲政の実情を研究し、ベルリン大学員外講師を務めました……。

2014年 「アメリカ精神」 とサンドバーグ
『リンカーン伝』の著作や、『シカゴ詩集』などたくさんの詩作でピューリッツァー賞を受賞したアメリカの作家で詩人のサンドバーグが、1967年に亡くなった日です。1878年、イリノイ州ゲイルスバーグにスウェーデンから移民した貧しいた鍛冶屋の子として生まれたカール・サンドバーグは、13歳の時に学校をやめ、日雇い労働者として働きながら、中央部の都市を転々としました……。

2013年 「おもしろ古典落語」125回目 『半分(はんぶん)あか』
むかしは江戸と大坂の両方に相撲(すもう)がありまして、こっちからむこう、むこうからこっちという具合に、東西交流のようなことがさかんでした。ある江戸の相撲取りがありまして、ごひいきすじからこんなことをいわれました。「関取、おまえさん、いちど上方の土俵に上がってみないか。大坂でみっちり修行をしたら、きっと、もっとりっばな相撲取りになるにちがいない。ひとつ、上方へいって修行をしておいで」「ありがとうございます。それでは、女房を家へ残して参りますので、なにぶんよろしく、おねがいいたします……。

2011年 サムライ科学者・高峰譲吉
世界初のアドレナリン抽出に成功、発明したタカジアスターゼのアメリカ発売など、日米で活躍した化学者・高峰譲吉(たかみね じょうきち)が、1922年に亡くなった日です。1854年3月、江戸幕府は、日本へやってきたアメリカ海軍将官ペリーと日米和親条約をむすび、1639年から215年間つづけてきた鎖国をやめて、外国とのまじわりを始めました。譲吉は、日本が国を開いた、この歴史に残る年に、越中(富山県)高岡で生まれました。父は加賀藩の医者でした……。

2010年 抗生物質のワクスマン
結核菌を死滅させるストレプトマイシンなど、20を超える抗生物質を発見したウクライナ出身のアメリカ生化学者ワクスマンが、1888年に誕生した日です。セルマン・ワクスマンは、ロシアのウクライナ地方の小さな町に生まれました。9歳のとき町にジフテリアがはやり、2歳の妹をあっというまに亡くしてしまいました。しかし、市から届いた血清が間に合った人は、みんな助かっています。妹を失った悲しみのなかで……。

2009年 遺伝学の父・メンデル
オーストリアの司祭で、植物学研究を行い、メンデルの法則と呼ばれる遺伝に関する法則を発見したメンデルが、1822年に生まれた日です。「親と子どもは、なぜ、よく似るのだろう」むかしからのこの疑問を、エンドウ豆の実験でときあかしたのが、ヨハン・グレゴール・メンデルです。メンデルは、1822年オーストリアの果樹園に生まれました。子どものころから父と母の仕事をてつだって、くだものや花を栽培するのが大好きでした……。

2008年 能楽を大成した世阿弥
室町時代に現在も演じられる多くの能をつくり、「風姿花伝」(花伝書) を著して能楽を大成した世阿弥(ぜあみ)が、1363年に生まれた日です。日本に古代から伝わってきた芸能のひとつに、猿楽とよばれるものがありました。こっけいな物まね、曲芸、おどりなどを中心にした芸です。神社や寺の祭り、貴族の集まりなどで、人びとを楽しませるためにおこなわれてきました。世阿弥は、この猿楽に、奥深い歌や舞いや劇をとり入れて、能楽とよばれる新しい芸術をつくりあげた人です……。

2005年 2時間で3オーダー
「酒井さん、この絵本は売れますよ。15年以上前に、世界文化社という会社からでていた『科学ブック』というシリーズがありましてね、これが毎日のように1日7オーダー、8オーダーと契約が取れたことがありました。あの快感を久しぶりに思い出しました」 ニコニコしながらW氏は、取ってきたばかりの「ポケット絵本」の契約書を3枚、テーブルの上に置いた。顧客の住所を見ると、3枚とも、すぐ近くにある集合住宅だった。時計を見ると、事務所を出ていってからわずか2時間ほどしか経っていない。しかも、毎月配本ではなく、全巻一括納品、納品時に現金支払いという契約なのである……。
投稿日:2017年07月22日(土) 05:33

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)