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最新記事【2017年06月21日】


● 今日(6月21日)の主なできごと

1635年 参勤交代の義務化……江戸幕府はこの日、「武家諸法度」を改訂し、毎年4月に、外様大名が江戸と国元を1年ごとに参勤交代することを義務づけた。


● 今日の主な記念日・恒例日

がん支え合いの日……今年のように夏至になることの多いこの日を、がん患者や家族を支援するNPO法人キャンサーリボンズが記念日に制定。

スナックの日……むかし、夏至のお祝いに「歯固め」と称して正月の餅を固くして食べる習慣があったことから、全日本菓子協会が制定。


● 今日生まれた人

1007年 欧陽修……中国・北宋の政治家・学者・文学者。古文復興運動を推進。

1646年 ライプニッツ……ドイツの哲学者・数学者。微積分を発明。

1781年 ポアソン……フランスの数学者(確率論・積分学)・物理学者(電磁気学)。

1856年 浅井忠……明治期の洋画家。代表作『春畝』『収穫』(ともに重要文化財)など。

1868年 宇垣一成……明治・大正・昭和期の陸軍軍人。陸軍相、外相歴任。

1893年 村岡花子……大正・昭和期の児童文学作家・翻訳家・評論家。

1905年 サルトル……フランスの哲学者・文学者。代表作『実存主義とは何か』『存在と無』など。

1914年 久保山愛吉……マグロ漁船第五福竜丸無線長。アメリカ水爆実験の「死の灰」をあび、半年後に死去。

1926年 相沢忠洋……昭和・平成期の考古学者。岩宿で日本初の旧石器を発見。

1935年 サガン……フランスの女流作家。代表作『悲しみよ今日は』『ある微笑』など。


● 今日亡くなった人

1185年 平宗盛……平安時代後期の武将。平清盛の次男。壇ノ浦で捕えられ、鎌倉から京都へ送還中に斬殺。

1527年 マキァベリ……イタリアの政治家・思想家。代表作『君主論』『戦術論』など。

1793年 林子平……江戸時代中期の経世家。代表著作は『海国兵談』。海防学の先駆者、寛政三奇人の一人。1738年の誕生日でもある。

1809年 桂川甫周……江戸時代中・後期の蘭方医・地理学者。代表作『万国図説』『顕微鏡用法』など。

1852年 フレーベル……ドイツの教育者。世界で初の幼稚園創設。

1872年 山内豊信(容堂) ……幕末の土佐藩主。

1874年 オングストローム……スウェーデンの物理学者(分光学)。長さの単位A(オングストローム)の名の由来。

1970年 スカルノ……インドネシア初代大統領。

1997年 勝新太郎……昭和・平成期の俳優・歌手・脚本家・映画監督。代表作『座頭市』『兵隊やくざ』シリーズなど。


● 過去のマイブログ「6月21日」のテーマ

2013年 「おもしろ古典落語」122回目 『開帳(かいちょう)の雪隠(せっちん)』
むかし、出開帳というのが流行ったことがありました。今のように便利な乗り物がなかったころですから、遠くにある有名な仏さまをおまいりするのはたいへんです。そこで仏さまのほうから、出張サービスをしました。そのころ、江戸の三開帳というのがありまして、京都の嵯峨(さが)のおしゃかさまが両国の回向院(えこういん)へ、成田の不動さまが深川の出張所へ、身延山のお祖師さまが深川の浄心寺へ……。

2012年  「大政奉還」 と山内豊信
徳川家の温存を期し、15代将軍徳川慶喜に「大政奉還」を進言した土佐藩の山内豊信(やまのうち とよしげ)が、1872年に亡くなった日です。豊信は、号の容堂(ようどう)としても知られています。1827年に生まれた豊信の生家は、山内本家の分家で、分家五家の中での序列も最下位だったため、豊信は高知城下で生まれ育ちました。13代藩主と14代藩主が相次いで急死したため、当時22歳の豊信が藩主候補となり、1848年末、山内本家の15代藩主となりました……。

2011年 「岩宿遺跡」 と相沢忠洋
戦後に活躍した考古学者で、「岩宿遺跡」を発見し、日本に旧石器時代があったことを証明した相沢忠洋(あいざわ ただひろ)が、1926年に生まれた日です。東京の羽田に生まれた相沢は、幼いときに両親が離婚したため、浅草の履物屋で働きながら、近くにある小学校の夜間部で学びました。その頃から、古代の遺物に興味をおぼえ、帝室博物館(今の東京国立博物館)に通いながら、独学で考古学を学びました。小遣いをはたいて、石器の収集を……。

2010年  実存主義者・サルトル
フランスの哲学者、小説家、劇作家、評論家として活躍したサルトルが、1905年に生まれた日です。「人間は、たとえ人生がむだにあたえられたものであっても、自分の未来は自分でつくりだして、人生に価値を生みださなければいけない。自分の生き方は自分でえらびとるべきだ。自分の人生を自分でえらべるからこそ、人間は自由である。しかし、自由であるかわりに、自分が生きていることについては、すべて、自分が責任をもたなければならない」……。

2007年  すぐれた海防学者 「林子平」
江戸幕府の鎖国政策に対し、海外のようすを少しも知らない国民たちに、警告を発した先駆者・林子平が、1793年に、仙台のちっ居先で亡くなった日です。「海国日本を守るためには、海軍の力を強くしなければだめだ」  林子平は、日本が鎖国で外国とのまじわりを閉じている時代に、勇気をだして、海の守りのたいせつさをとなえた人です……。

2005年  J・チェーンはマルチ商法?
J・チェーンの子会社J総業との売買契約が成立したことで、じっくり絵本の制作に打ち込める時間ができた。数ヶ月をかけてほぼ全巻刊行の見通しも立ち、最後の追い込みにかかっている頃だった。友人の新聞記者から、J・チェーンにちょっと変なうわさが入っているけど知っているかという電話が入った。当社がJ・チェーンを最大の販売先にしていることを覚えてくれていたためだった……。
投稿日:2017年06月21日(水) 05:29

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)