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最新記事【2015年08月19日】

今日8月19日は、江戸幕府が朝廷の動きを統制する「禁中並公家諸法度」などに反発し、上皇となって51年間も院政を敷いた後水尾天皇(ごみずのおてんのう)が、1680年に亡くなった日です。

江戸時代のはじまる少し前の1596年、後水尾天皇は、後陽成天皇の第3皇子政仁(ことひと)親王として生まれました。後陽成天皇はかねてから第2皇子を立てることを望んでいましたが、関ヶ原の戦いによって新たに権力の座を手に入れた徳川家康は、政仁親王の擁立を求め、最終的に後陽成天皇はこれを受け入れたものの、あまり面白くありません。1611年4月、政仁親王は後水尾天皇として即位しますが、父・後陽成上皇との不仲は、天海や板倉勝重の仲裁にも関わらず、1617年上皇の死まで続きました。

1615年に江戸幕府は、朝廷の行動の統制を目的に「禁中並公家諸法度」を公布したり、近畿以西ににらみをきかせる京都所司代を設置して朝廷の行動を幕府の管理下に置くなど、幕府の方針に忠実な朝廷の運営をめざしました。さらに1620年、2代将軍徳川秀忠の5女和子(3代将軍家光の3歳下の妹)を女御として天皇にめとらせ、1624年には中宮に定めました。武家出身の中宮は、平清盛の娘徳子(建礼門院)以来の異例のことでした。

1627年には、紫衣事件(天皇が沢庵らに紫の衣を用いることを許可したのを、幕府に取り消される事件)や、1629年には位もない家光の乳母福(春日局)が天皇に直接会うという前例のないことがおこると、天皇をないがしろにする幕府に反発、1629年幕府へ通告しないまま、わずか7歳の皇女(明正天皇)に位を譲って、自ら上皇となって院政を敷き、以後4代51年に及びました。

後水尾天皇(上皇)は、気性の強い性格でしたが、学問・芸術に関心が深く、詩歌や連歌を千数百も詠み、歌集『鴎巣集』(後水尾院御集)を残しています。また、1650年に上皇が造営した洛北の修学院離宮にある庭園は、わが国指折りの名園として知られています。(ただし、見学には宮内庁の許可が必要)


「8月19日にあった主なできごと」

1662年 パスカル死去…液体の圧力に関する「パスカルの法則」や、随想録『パンセ』の著書で有名な物理学者・哲学者のパスカルが亡くなりました。

1937年 北一輝死刑…陸軍青年将校たちのおこした「2.26事件」の理論的指導者(皇道派)として、反対派(統制派)陸軍中枢部から軍法会議にかけられた国家主義者の北一輝が、死刑になりました。皮肉なことに以後の日本は皇道派が握ることになり、軍部の力で国を動かし、中国を侵略し太平洋戦争へとまっしぐらに進んでいきました。
投稿日:2015年08月19日(水) 05:44

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)